「50代で廃人寸前だった」小谷実可子が明かす、コロナ禍でのオリンピック招致に燃え尽きても、競技復帰に向かわせたものとは

日本のシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)界を牽引してきた小谷実可子さん。

 

引退後は、コーチとして次世代の育成やシンクロの普及活動を行い、スポーツ・教育団体の要職を歴任。私生活では2人の娘を持つ母として、40代、50代を駆け抜けました。東京2020オリンピック・パラリンピックでは組織委員会のスポーツディレクターに就任し、競技運営の責任者として奮闘。多忙を極めるなか、30年ぶりの競技復帰というニュースが話題となりました。

 

この華々しいキャリアは私たちにとってあまりに遠い世界の存在のように思えますが、長年指導者としても活躍してきた小谷さんの言葉は、日々ゆらぎに翻弄されながら、輝くことをあきらめがちな私たちを明るく照らしてくれるものでした。

 

大きな夢や目標を持つことと同じくらい大事なこと、「もう年だから」と諦めない、心と体の整え方とは?

 

▶メンタルが強いわけではない

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