茶会の毒殺から銃殺、美男子のハニートラップまで……。戦国時代の暗殺事情と家康による「秀長暗殺未遂説」の真相
ハニートラップに引っ掛かった武将も……。油断は禁物の戦国時代
戦国時代は暗殺事件が多発しました。暗殺によく利用されたのが、毒。特に、茶会は毒殺の絶好の機会でした。また、銃も暗殺にしばしば使われていました。たとえば、鉄砲の名人として知られる杉谷善住坊は、織田信長の暗殺を二度試みたといわれています。
この時代、「戦国の三梟雄(せんごくのさんきょうゆう)」と呼ばれる三人の男がいました。斎藤道三、松永久秀、そして本記事で紹介する宇喜多直家です。彼らは雄々しい活躍の一方で、残忍なやり方によって人々から恐れられていました。
直家は幼少期に祖父が島村盛実の策略によって自害に追い込まれるなど、苦渋を味わいました。成人した直家は浦上宗景に仕え、頭角を現していきます。まず、直家は祖父を自害に追い込んだ島村盛実に“謀反の疑いあり”と言いがかりをつけ暗殺し、祖父の仇討を成し遂げます。さらに、舅(妻の父)の中山信正も謀反の疑いをかけて暗殺し、その領土を奪い取りました。
加えて、主君・宗景と対立関係にあった穝所元常も暗殺。元常の城を攻めたものの、正攻法では勝ち目がないと判断した直家は、元常が美少年を好むという弱点を突きます。自分の小姓である岡清三郎を刺客として送り込みました。清三郎は川辺で笛を吹いて元常の関心を引き、懐に入り込みました。そして酒に酔った元常を、脇差で刺殺しました。
元常が美少年を好み、同性の清三郎に心を許したことを不思議に思う人も多いと思います。戦国大名のほとんどが男色を嗜んでいたといっても過言ではなく、同性愛は決して珍しいものではありませんでした。たとえば、信長と森蘭丸の間に男色の関係があったという説は広く知られています。また、徳川家康にも男色趣味があり、容顔美麗にして心優しい井伊直政を格別にかわいがっていたと伝わっています。
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