茶会の毒殺から銃殺、美男子のハニートラップまで……。戦国時代の暗殺事情と家康による「秀長暗殺未遂説」の真相
徳川家康は豊臣秀長の暗殺を企てたのか?
『豊臣兄弟!』の41話「家康の野望」では、家康(松下洸平)が秀長(仲野太賀)の暗殺を企てる場面がありました。しかし史実において、家康が秀長や秀吉の暗殺を企てたという話は噂レベルでもなく、なおかつ家康が直家のように敵対する者や身近な者を次々と暗殺したという話もありません。
そんな家康ですが、事情があったとはいえ、妻・築山殿と息子・信康を自らの命令で殺しています。家康は今川義元の姪である築山殿と結婚し、信康を授かりました。9歳の信康は織田信長の娘・徳姫と結婚します。徳姫は信長に信康と築山殿が織田家と敵対する武田家と手を組もうとしていると文を送りました。信長は激怒し、家康に二人を厳しく罰するよう命じました。
築山殿と信康が武田家と手を組むため企てていたことを証明するものは今も見つかっておらず、家康は二人が無実であると分かっていました。それでも、家の存続のために信康に切腹を命じ、築山殿を殺すしかなかったのです。
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<参考資料>
長谷川ヨシテル『あの方を斬ったの…それがしです』ベストセラーズ、2018年
原一六四『明智光秀と謀反、裏切りのざんねんな戦国武将たち』マガジンランド、2019年
この記事は
アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
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