「そもそも女性の社会進出という言葉がおかしい」ベトナム人女性が言い当てた「日本のしんどさ」の正体
特定行政書士・社会学者の近藤秀将です。アジア圏出身者の「日本への国際移動(移民)」実務及び研究をしています。
さて、アフターコロナ禍の兆しが見え始めた2022年5月、私は、約2年ぶりにベトナム出張に出ました。
ここで私にとっては驚く経験がありました。
『ベトナムには「専業主婦」は存在しない』
『そもそもベトナムには「専業主婦」という発想がない』
ことを知ったのです。
日本にごく普通にいる「専業主婦」。しかし世界の常識ではない
これらをどんな文脈で聞いたかのかも忘れるぐらいだったので、本当にたまたまだったのだと思います。
それを聞いた私は、「なるほど……だからベトナムの女性は、結婚を期に会社を辞めるということを聞かないのか……」と以前からの疑問が氷解する思いでした。
日本では、「寿退社」という言葉があるように、女性が結婚を期に会社を退職するというのは珍しくありません。また、日本女性が、「専業主婦」になることは、ひとつの常識でもあります。
私の母も、「専業主婦」でした。友人の家も「専業主婦」が、ほとんどだったように思えます。放課後、私が、友人の家に遊びに行くと、当たり前のように友人の母親の姿があったことをよく覚えています。
もっとも、日本においても共働き世帯は増えており、1990年代前半には、専業主婦世帯と逆転しています(独立行政法人労働政策研究・研修機構「専業主婦世帯と共働き世帯 1980年~2021年」)。それでも、2021年においても566万世帯の専業主婦世帯が存在し、まだまだ、日本において「専業主婦」は、ひとつの常識として残っていることが理解できます(2021年の共働き世帯は、1,247万世帯)。
でも、この日本の常識は、ベトナムでは非常識です。
日本では当たり前と思っていたことが、他のアジアの国ではそうではない。もちろん、日本とベトナムでは、社会状況や文化的背景も異なっていることも見過ごすことはできません。そこで、私は、この点について、もう少し考えたいと思い一人のベトナム女性にインタビューすることにしました。
女性の「社会進出」という概念がおかしい…女性も当たり前に社会にいるのに?
私は東京・池袋を本部とする行政書士法人KIS近藤法務事務所」(以下「KIS」)を経営しています。KISは、在留資格関連申請手続、外国人起業、外国人雇用、国際結婚・離婚手続、渉外相続等のイミグレーション法務を専門としています。そのため、KISには、多くの外国人スタッフが在籍し、その中にはベトナム人もいます。
そこで、今回は、そのKISベトナム人スタッフであるリンさんにインタビューをお願いしました。
近藤 さっそくですが、ベトナムでは「専業主婦」は、存在しないと聞いたのですが、それは本当かな?
リン はい。ベトナムの女性は、結婚しても仕事を辞めるという考えはないので、「専業主婦」が存在しないというのは本当です。そもそも「結婚したら仕事を辞める」なんて発想自体が、ベトナムではありません。
近藤 なるほど……日本では、「女性の社会進出」は、なかなか解決できないテーマとなっているけど、今のリンさんの話を聞くとベトナムでは、「女性の社会進出」自体が問題になることはないね?
リン その通りです。ベトナムでは、女性も男性と同じ立場で仕事をすることができます。会社での昇進も男性に比べて不利になることはないし、女性の社長や管理職も多いです。むしろ、男性よりも活躍しているかもしれませんね。ベトナムでは、「女性の『社会進出』という言葉がおかしい」となりますね。
近藤 すごいな……確かに、私もベトナムだけでなく、中国やモンゴルのKISの拠点にもよく行くけど、女性の社長や管理職は、男性よりも目立っているかもしれない。
リン アジアでは、日本の状況の方が珍しいかもしれませんね。
近藤 でも、出産や子育ては、どうするの? 日本でも男は、出産には参加できないけど、育児には当事者として参加するようになってきているけど……ベトナムは?
リン ベトナムでは、子育ては、自分達の親が手伝ってくれます。だから、女性も仕事にすぐに復帰することができます。
近藤 そうか……だから、女性のキャリアの中断がないのか。それは、中国でも同じだね。
リン そうかもしれませんね。
近藤 親の育児への関わり方が、日本とは大きく違うね。日本では、育児は、自分達でするからね。だから、女性が仕事に復帰しようとすると保育園等に預けなければならない。それでも子どもが熱を出したりすると、保育園に預けることもできない。
リン ……それは大変ですね。そう考えると、私達ベトナムの女性は、日本の女性よりも恵まれた環境にあるということですね。
近藤 経済的にはまだまだ日本の方が恵まれているけど、「女性の社会進出」なら、ベトナムの方が恵まれていると言えるかもしれないね。
リン なるほどですね。
びっくりするくらいに「後進国」な日本。この事実にどう向き合うか
世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が、男女格差を測るジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)を公表しています。「経済」「政治」「教育」「健康」の4分野から成り、0が完全不平等、1が完全平等を示します。
2021年の日本の総合スコアは0.656、順位は156か国中120位でしたが、これは、先進国最低レベルであり、ベトナム(87位)、中国(107位)、韓国(102位)等のアジアの多くの国よりも下位です。
特に日本は、「経済」(117位:0.604)及び「政治」(147位:0.061)の分野で低くなっています。
日本は、アジアにおけるジェンダー後進国となっていることがわかります。
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2021/202105/202105_05.html
「選択肢なき女性の社会進出」が始まった。日本の「よりよい未来」のために必要なことは?
日本の常識「専業主婦」は、ベトナムの非常識。ベトナムの女性には、「専業主婦」という考え自体がない。
これまでの日本では、「女性は、家庭に入る=専業主婦」というのが、ひとつの常識でしたが、今では、「女性の社会進出=働く女性」が推奨されています。
そもそも、ベトナムで「専業主婦」が存在しなかったのは、女性も重要な労働力であったからでしょう。つまり、「共働き」でなければ、生活することができなかった。だから、子育てに祖父母が参加するのが必然となったのでしょう。
言わば「選択肢なき女性の社会進出」です。
日本において「専業主婦」が存在していたのは、豊かさの現れでしたが、その豊かさは同時に「女性の社会進出」の障害となっていました。日本に「専業主婦」という選択肢があるからこそ、女性を家庭に留めて置くことがきました。しかし、今の経済的に弱体化した日本は、この「専業主婦」という選択肢が消えつつあります。
1955年に評論家で社会運動家の石垣綾子が、「主婦という第二職業論」(婦人公論40巻2号,48-53)において「女は主婦になるという第二の職業が、いつでも頭のなかにあるから、第一の職業である職場から逃げごしになっている」と指摘し、日本で「主婦論争」が始まりました。その後、「主婦論争」は、何度かの盛り上がりを見せて、現在に至っています。
しかし、専業主婦が存在しないベトナムでは、日本のような「主婦論争」というのは起こり得ないことが分かると思います。この論争で生み出された論点もベトナムでは意味を持ちません。ベトナムの女性は、それらに何ら縛られることなく「働く女性」として自由に自分のキャリアを進めています。たとえ、それが「選択肢なき女性の社会進出」だったとしても、私から見て清々しいぐらいに真っ直ぐに社会と関わっています。
そして今、日本もベトナムと同様に「選択肢なき女性の社会進出」の時代に入っているということが言えます。
「働く女性」は、今の日本にとっての必然であり、彼女達が安心して働き続ける環境を整えなければなりません。それは、単なるスローガンではなく、ベトナムと同じように、私たち日本人が生活していくために必要不可欠なものとなっています。
ポジティブに考えよう。「日本にはまだ温存してきた力がある!」
私は、ベトナム国立フエ科学大学特任教授として、多くのベトナム人と接し、また、ベトナム社会の発展の過程を見てきました。今のベトナムは、ビンファスト(VinFast LLC)という国産車が走り、スーパーマーケット行けば、子連れの若い夫婦で溢れている活気がある未来ある国です。
活気ある未来を想像できるのは、ベトナムの女性の「選択肢なき女性の社会進出」が常識となっているからでしょう。まだ、日本では、ベトナム人=技能実習生というイメージは強いですが、それもこの5年から10年で急激に変化していきます。この点について、私は、今年冬発売予定の小説『アインが見た、碧い空。ーあなたの知らないベトナム技能実習生の物語』(学而図書)に詳しく書きました。この小説では、ベトナム女性のキャリアがテーマとなっていますが、日本人にも参考になることを意識しています。
「専業主婦」という選択肢なき日本は、「働く女性」が常識となります。それは、決してマイナスなことではなく、ベトナムをはじめとする同じアジアの国にとっては常識であり、それが活気ある未来を創っていると考えます。
見方を変えれば、まだ日本には、温存してきた「力」があるということです。その「力」を解放すれば、再び日本がアジアを牽引することになるでしょう。
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