イスラエルとパレスチナ、旅して触れたその地の人たちが「いま大勢死んでいくこと」

2023.11.10 LIFE

離婚をきっかけに世界一周の旅に出たTVディレクター・作家の後藤隆一郎さん。約4年に渡るその旅は書籍『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』(リンク)にまとめられました。

 

スーダン、ソマリアなど紛争地帯も縦断した後藤さんですが、イスラエルおよびパレスチナのヨルダン川西岸地区での体験は紙幅の都合で今回の書籍には収録されていません。

 

悲惨な現地の様子がメディアで報道される昨今ですが、ひとりのバックパッカーがその目で見て体で触れた「等身大の現地の人々の姿」を通じて、いま私たちがこの問題を捉える視座のヒントを聞きました。

 

まず、パレスチナ・イスラエルに「横たわる問題」とは

イスラエル・エルサレムの街並み 撮影/後藤隆一郎

――今日はそのイスラエルを旅したときの体験をより詳しくお聞きし、何を思うのかを深掘りしていきたいと思います。以下編集部から、イスラエルとパレスチナの概要をお話します。

イスラエルの中心に位置するエルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教、3つの「アブラハムの宗教」の聖地です。ユダヤ教徒は「嘆きの壁」へ、キリスト教徒は「聖墳墓教会」へ、イスラム教徒は「岩のドーム」へと向かいます。歴史上対立もある3つの宗教ですが、基本的には同じ存在へと祈りをささげています。NHKの動画(リンク)がわかりやすいでしょう。

 

パレスチナ問題自体はぜひ専門家の解説をご参照いただきたいのですが、以下民族と宗教の細密な関係を省略して簡単に説明します。この地の問題は、1948年のイスラエル建国によってもともと住んでいたパレスチナ人(=アラブ人)がすみかを追われたことに端を発します。パレスチナ人は現段階ではエルサレムのあるヨルダン川西岸地区、そして空爆を受けているガザ地区に分かれて暮らしています。ただし、難民化せずイスラエルに残った人もいて、イスラエル人口の2割ほどがアラブ人です。

 

いっぽう、歴史をさかのぼれば、2000年ほど前、いまのパレスチナの地には、ユダヤ教を信じるユダヤ人の王国がありました。しかし、この国はローマ帝国に滅ぼされてしまいます。結果ユダヤ人はパレスチナを追い出されて世界に散り散りになり、流浪を続けたつらい経緯を持ちます。これもNHKの解説(リンク)がわかりやすいのでご覧ください

 

「イスラエルに入国する」国境を越える緊張感と、入国後の印象は

ヨルダンとイスラエルの国境フセイン橋を目指す 撮影/後藤隆一郎

――後藤さんのお話に戻ります。後藤さんの連載には「ヨルダンからイスラエルに入国した」と書かれています。どのように?

イスラエルへの入国は2017年2月27日、このころ治安は安定していました。ヨルダンとイスラエルで合わせて1か月半ほどの滞在でした。

 

ヨルダンの首都アンマンからイスラエル国境の「フセイン橋」までシェアバスに乗り、いちど降りて、30分ほどかけて慎重な入国審査を受けました。入国してからはイスラエル側のシェアバスに乗りかえて、22時くらいにエルサレムに入りました。

 

フセイン橋を越えてエルサレムの町に入るまでにも3回ほど検問を受けました。そのたびイスラエル軍が中に入ってきてパスポートチェックや手持ち荷物のチェックを受けました。他国と比べてもかなり厳しいという印象でした。

 

 

ヨルダンからは4人で入国しましたが、1人が入国審査で足止めされました。翌朝になって宿に追い付いたのでどんな感じだったか聞いたら、スーダンへの入国歴をつっこまれ、小部屋に軟禁されたそうです。

 

当時はイスラエルの友好国であるアメリカが、スーダンをテロ支援国家に指定していたからでしょうね。「たぶんあれはいやがらせだと思う」と本人は言っていましたが、特に尋問もチェックもされることなく10時間ほど軟禁されて入国できたそうです。

 

――シェアバスというのが、日本にはない乗り物ですね。

いろいろな国にあり、呼び名も違いますが、大抵の国では8人乗りなら客が8人集まるまで出発しないのが基本的なルールです。

 

このときは20人乗りくらいでしたが、イスラエル人が「残りの人の分をみんなでシェアして払って、早く出発しないか」と言い出しました。われわれバックパッカーは少しでもお金を節約したいので「待ちましょうよ」と返事をしたのですが、イスラエル人は早く出発したいと文句を言います。

 

ヨルダンでシェアバスを利用したときは、ゆっくり定員がそろうまで待つのが普通でした。イスラム社会は時間に対しておおらかなことが多く、ヨルダンもそうした牧歌的な国だったからでしょうか。しかし、イスラエルに入った途端、タイムイズマネーの考え方にがらりと変わりました。なるほど、いまからぼくが入るのはそういう考え方をする人々が住む国なのだなと感じました。お金もきっちり割り、全員が損しないように考える、そんな国民性を感じたのも覚えています。

 

1か月ほどアンマンに滞在し、やっとイスラム社会特有のゆったりした感覚になじむことが出来たのに、ほんの少しの距離を移動し、橋を越えただけで、急に時間効率や合理性を追求する近代国家に変わった、それが最初のボディーブローでした。

 

始めて目にするイスラエル、驚きの連続だった

――エルサレムの街中はいかがでしたか? もう、いきなり近代国家然としているのでしょうか。

高台から見たエルサレムの街並み 撮影/後藤隆一郎

いいえ、写真を見ればわかりますが、エルサレムは歴史ある建物がどこまでも続く、いにしえからの聖地です。安宿を探し、少し街はずれの、アラブ系の人が経営する宿に泊まることにしました。

 

「イスラエル人口の2割ほどがアラブ系」とのことですが、実際にエルサレムの街中にもアラブ系の住民が大勢暮らしています。この土地ではイスラエル、パレスチナが完全に2つに分かれているわけではなく、こうして混在し、共存もしているのです。

 

――イスラエルは「ずっと戦争中の国」でした。その緊張感はありましたか?

エルサレムの街を巡回する軍服を着た女性たち 撮影/後藤隆一郎

驚いたのは、女性の兵士が結構いることでした。イスラエルは戦争中の国ですから兵役があり、高校卒業の18歳から男性3年、女性2年を軍隊で過ごすそうです。兵役終了後はギャップイヤーをとり、世界旅行などで見識を広めてから大学に進学するケースが多いそうです。(外務省サイトの解説

 

実際、兵役後に世界を旅する人が多く、あちこちで一緒になりました。北インドのヒマラヤ山脈にあるオールドマナリで泊まった宿では、ぼく以外が全員イスラエル人でした。彼ら彼女らは、音楽を心から愛する人が多いイメージがあります。

 

道端でお酒を飲み、マリファナを吸いながら、ギターやインドの古典楽器を演奏する姿をよく目にしました。皆で演奏に合わせ歌を大熱唱していて、とても楽しそうだった。何より、兵役明けの男女が仲むつまじくエンジョイしていたのが、とても印象的です。

 

ただし、お酒やマリファナはインドでの話で、イスラエル国内では見かけませんでした。

 

インドで出会ったイスラエルの「等身大の」若者たちの姿

兵役後、世界をバックパッカーとして旅するイスラエルの若者(インド・マナリ) 撮影/後藤隆一郎

――なるほど、すでにインドでイスラエルの若者たちとの交流があったのですね。

そのインドで、いまの国際社会でのイスラエルを象徴するような体験をしました。バックパッカーの集まる宿で、ロシア人、フランス人、イギリス人、インド人、アメリカ人、ドイツ人、そしてイスラエル人で酒を飲んだときのことです。

 

国がバラバラなので、皆が仲よくなるために「ドリンキングゲーム」をぼくが議長国みたいに仕切ったんですね。大学生のころに流行ったピンポンパンゲームです。負けたらその国の人が自国の歌を歌いながらお酒を飲み干すという、旅先ならではの演出がハマり、すごく盛り上がりました。

 

――英語がそれほど話せない国の人でも、歌なら歌えますね。

インドのバックパッカー宿でお酒を楽しむ世界の人々 撮影/後藤隆一郎

ところが、イスラエル人カップルが負けたとき、彼らは断固として飲もうとしないのです。「ルールに乗ったんだから、とにかく飲みなよ?」とみんなが言うのですが、最後まで抵抗し、「このゲームは俺が不利だから俺のルールでゲームを始めたい」とものすごく複雑な自国のゲームをスタートしようとしました。結局全員新ルールが理解できず、盛り下がって終わりました。

 

たまたまそこにいた人の性格なのかもしれませんが、この、負けたくないからゲームをチェンジしたいと言える度胸は印象に残りました。

 

国際的なルールの中で、どうすれば調和が保てるのか、皆が楽しめるのかではなく、いかに自分が勝つかを考え、不利であればゲームチェンジも辞さない。「世間の空気を読むことが何よりも大切な日本と真逆だな」。これがぼくが最初に持ったイスラエル人の印象です。

 

――唯我独尊、というような感じでしょうか?

北インドのヒマラヤ山脈にある世界中のヒッピーが集まる村アッパーバクスーのカフェ 撮影/後藤隆一郎

ちょっと言葉が違いますね。インドでヒッピー村に滞在していたときの印象ですが、イスラエル人はパーティー好きな若者が一定数いて、日本人からすれば大丈夫かと感じるような大騒ぎをするいっぽうで、チベット語をゼロからマスターしようとずっと昼間勉強をしているインテリも多かった。

 

話を聞くと、母国語のヘブライ語、アラビア語、英語だけでなく、他の言語を話せる人が結構多いそうです。チベット文化の地域でチベット語を習得しようとするのは、その文化を深く理解しようとしている証しです。

 

ぼくが日本人だと知ると「村上春樹を読んだよ」と答える率が、イスラエル人ではとても高かった。新しい、異なる文化に対する興味関心を持つ、インテリジェンスの高い人が多いで国あると同時に、前述のように我が強い部分もある。

 

歴史的に長く流浪をしていたので、他文化の中でどうやったら早く溶け込めるのか?という、旅人や移動民族のような考え方があるのだなと感じました。我が強いのは「自分を守るためにしっかりとしたポリシーを持っているから」だと思います。生まれながらに日本という国があるのが当たり前な、我々日本人にはちょっと理解できない感覚かもしれません。

 

イスラエルに入国し、まず女性兵士が多いことに驚き、ジェンダーの概念も先進的であることを理解する、そして合理的でお金のこともちゃんとしている国だと気づく、これが入国2日目までに起きたことでした。

 

本記事ではイスラエル入国直後までの印象を教えていただきました。つづく後編ではより深くイスラエルを知る中で感じたことをお聞きします。

 

つづき>>>イスラエルにもパレスチナにも、これだけ穏やかな日常と笑顔があった。平和を取り戻すために私たちが「してはならないこと」は

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