「閉経はさらに0.8歳遅延している可能性もある」その理由は?私たちが「永遠の女性」として人生を楽しむために
「閉経年齢は変化、遅延しているのではないか」と指摘するのは産婦人科専門医の太田博明先生。解説記事『もしかして更年期は「45歳スタート」ではない?閉経平均年齢を「50.54歳から52.1歳に」認識変更すべきこれだけの理由』が医療記事として記録的に読まれたことから、多くの人が「私の更年期は何歳から始まるの?」と関心を寄せていることが改めて明らかになりました。
「ただし、本当に閉経年齢が遅延しているのか、結論を出すにはまだ検討課題が残っています」と太田先生。前編記事『「本当に閉経中央値は52.1歳まで遅延しているのか?」いま『確実にわかっていること』『いないこと』を整理すると』に続いて、後編記事でも検討課題を解説していただきます。
医学的なファクトとは「これ以上の実証」を経て、検証に耐えてはじめて述べられるものである
――続いて、ちょっとわかりにくいお話です。「④さらに、選択バイアスと参加バイアスが潜在的な限界となる」。
じつは、こうした臨床研究や疫学研究でわかることは相関関係までです。
別分野で例えると「喫煙と発がんは関連がある」までは言えるけれど、喫煙ががんを「引き起こす」という因果関までは導き出せない。因果関係に言及するには分子・細胞レベルでのメカニズムまでたどらないと、正しそうに見えることでも「証明はできていない」ということになりかねません。なのに、因果関係まで証明されたように述べているとしたら、それは信用できないということになります。
医学的な真実は何かということを見極める必要があります。まずは臨床課題の結果をうのみにせず、データをチェックすること。結果から導き出された結論だけを見るのでは正しくないことがあります。結論に誘導されていることはないかとよく吟味が必要なのです。
――④のたとえば参加バイアスとは、月経不順など何らかの因子を持った人のほうが関心度が高い分だけスタディに参加しやすい可能性がある。選択バイアスは、看護師さんならより難易度の高そうな治療でも選ぶことを躊躇しないというような傾向があるかもしれない、というような?
そのように参加者本人も気づかないバイアスがあるので、注意が必要です。学術研究では、真実を明らかにするための注意深い目と客観性を確保するための揺るぎない意思が不可欠です。
成功事例だけが注目されて語られ、失敗事例は記録されずに顧みられることもないケースがあります。これはsurvivorship bias(生存者バイアス、生存バイアス)と呼ばれる選択バイアスの一種で、学術研究でも生じうるものです。
生存者バイアスは、洞察力をにぶらせ、理解をゆがめてしまう恐れがあります。特定の行動において成功することが当然で、その結果が保証されているかのような思いこみを植えつけ、失敗事例の有用なデータを隠してしまうのです。
こうなってしまうと、誤った結論、誤った決断に至りかねません。各種のバイアスに影響されて、誤った方向へ誘導され、本質を見失うことがないように気をつける必要があります。そうでないときりがなくなってしまいますので。
――次の⑤も少々難しいお話です。妥当性のチェックにまつわるお話ですね。
抜粋すると、「⑤我々は、JNHS追跡調査に参加した15,542人の看護師を対象に、ベースライン質問票と2年ごとの追跡調査質問票を比較することにより、閉経時の自己申告年齢をチェックしたが、医療記録レビューによる自己申告閉経状態の妥当性チェックは行っていない」。
つまり、確認していない。事実上、確認しきれないと言ってもいいかもしれません。従って、厳密に言って事実としていいかという問題が生じます。
「妥当性チェック」とは、データ入力の際に生じるエラーを検出する手法の一つです。 データ入力作業では、タイプミスや誤った情報の入力など、多くのエラーが発生するため、正確な情報を得るためにはこのチェックが必要不可欠です。 妥当性チェックを行うことで、データの正確性を高め、より信頼性のある情報を得ることができます。この場合は参加者の医療記録を参照して妥当性のチェックを行い、初めてファクトとしていいのかの決め手になるということです。
――最後の⑥は早期閉経のお話であり、閉経にまつわる課題ではないかもしれませんが、どうでしょう。
「⑥最後に、片側卵巣摘出術の理由について女性に尋ねることはできなかった」という記述です。
この手術を受けた女性は、受けない女性よりも閉経年齢が1.2年早かったわけですが、この因果関係をいずれ縦断研究で明らかにする必要があるとすると、片側卵巣摘出術を施行した理由について手術のことを含めて明らかにしておく必要があるということです。
理由にかなった手術が行われていたかのチェック、すなわち手術適応の妥当性があるかのチェックが必要であろうということです。これによって因果関係が明確になるという意味があります。
この研究は現在どうなっている? まだ調査が続いているのか?
――さて、これら6つの検討課題は2012年の段階で挙げられていた内容です。それからすでに10年が経過し、当初の仮定が正ならば今現在はさらに閉経平均年齢が0.87歳後退している可能性もあります。
因果関係を明確にするには「縦断研究」が必要です。そのため、実は現在、縦断検討で解析を行っているところです。安井先生の後輩で現在徳島大学医学部産科婦人科学分野の岩佐武教授が引き継いでおり、おそらく近い将来、その結果を入手できるのではないかと思っています。
安井論文の一連のデータは2001-2007年に集積され、2012年に論文化されたもので、一番古いデータは20年を超えます。仮に10年あたり0.87年閉経年齢が遅延しているとすると、現代女性の閉経中央値は52.1歳+(0.87年×2) =53.8歳と、いまこの瞬間はさらに遅延している可能性がありますね。
このようなデータは貴重な文化的遺産です。毎年とは言いませんが、拡大された国民生活基礎調査が3年毎に行われていますので、せめて5年に1度くらい行われて然るべきと思いませんか。
――思います。初潮の前倒しが1997年ごろに「止まった」ことも3年おきの全国初潮調査*11で判明したのですよね。閉経が何歳まで遅延するかは私たちのQOLに大きく影響します。ぜひ調べていただきたいです。
しかし、閉経が遅延することが女性にとって真のadvantageかは、一般的にはそうですが、再確認が必要かと思います。
女性の健康リスクはエストロゲンによって守られていると考えるならば、閉経が遅延することは大変な健康上の財産となり、生命長寿な女性は更に健康で長生きになります。ミトコンドリアの代謝活性を上げるPQQ(ピロロキノリンキノン)はミトコンドリア機能を高めるため、卵巣機能をより長く維持する*12ことで、閉経を遅延させることも不可能ではないかもしれません。
米国の産婦人科医Robert A. Wilsonの1966年のベストセラー、エストロゲンの効果を謳った “Feminine Forever(永遠の女性)” *13は当時十分な研究と証拠に基づいていないとの批判がありました。
しかし、卵巣の老化メカニズムの解明による卵巣の老化防止が少しでも可能になれば、理想である”永遠の女性“の実現に多少とも近づくことが期待出来るかもしれません。
――太田先生、ご解説をありがとうございました。
お話/婦人科医・医学博士 太田博明先生
撮影/山岸 伸
1970年慶應義塾大学医学部卒業。80年米国ラ・ホーヤ癌研究所訪問研究員、95年慶應義塾大学産婦人科助教授、2000年東京女子医科大学産婦人科および母子総合医療センター主任教授。その後国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授、山王メディカルセンター・女性医療センター長を経て、19年より藤田医科大学病院国際医療センター客員病院教授、21年より現職の川崎医科大学産婦人科学2 特任教授、川崎医科大学総合医療センター産婦人科特任部長を務める。日本骨粗鬆症学会元理事長、日本骨代謝学会および日本女性医学学会元理事・監事を務め、日本抗加齢医学会では元理事、現職の監事を務める。国内の女性医学のパイオニアとして今なお第一線での研究と啓蒙を続ける。1996年日本更年期医学会(現日本女性医学会)第1回学会賞受賞、2015年日本骨粗鬆症学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)、2020年日本骨代謝学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)。著書多数、最新刊は『若返りの医学 ―何歳からでもできる長寿法』(さくら舎)。2023年4月より日本更年期と加齢のヘルスケア学会理事長。
[11] 平成23年2月第13回全国初潮調査資料
[12] Umehara T, Winstanley YE, Andreas E, Morimoto A, Williams EJ, Smith KM, Carroll J, Febbraio MA, Shimada M, Russell DL, Robker RL. Female reproductive life span is extended by targeted removal of fibrotic collagen from the mouse ovary. Sci Adv. 2022 Jun 17;8(24):eabn4564.
[13] Robert A. Wilson (1966). Feminine Forever. M. Evans and Company.
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