岩井志麻子のおんな欲(1)「血を流したいの……。」

のっけから、ホラーなタイトルですみません。しかしこれ、最近聞いた女の言葉としては本当に怖くて印象的だった。ある婦人科の女医に聞かされたんだけど。

 

「志麻子さんくらいの年頃の女性が、閉経するのが嫌だとホルモン剤を打ってまで生理が続くよう頑張るんです。もちろん、排卵しないから妊娠もしない。いえ、彼女らは妊娠なんか望んでない。ただただ、生理が終わると女が終わるようで嫌だからって理由。

生理は来なくても、いろんな治療や補充法で女らしさと潤いは保てますよといっても、『どうしても血を流したい』『血を見なきゃ実感できない』といって聞かないの」

閉経が嫌なんていう女、今の時代に初めて現れたんじゃないか。昔の女は、そんなの絶対なかったはず。上がるという言葉通り、女を上がることを静かに受け入れたよね。

 

いつまでも若く美しく、なんてもはや私らの年頃の女には、鼓舞じゃなく呪詛だ。

私は前の東京オリンピックの年の生まれで、これを書いている今現在は満五十一歳。そう、閉経の平均年齢。まだ完全に閉経はしていないみたいだけど、四十八、九あたりから周期が大きく乱れてきたのを自覚したとき、もうすぐ上がるんだと覚悟した。

 

そう、覚悟よ。予想ではなく、ましてや期待でもなく。私にも、一抹の寂しさはある。

でも生理が終わったら女が終わるなんて、それはないわ。周りには五十、六十超えても現役ばりばりの女をやってる姉さんも多いし、私だってまだ普通に夫とヤッてるし。

 

だけどこれは間違いないのは、閉経すれば妊娠と出産はないってこと。これまでの女の人生を振り返ってみれば、三十代から四十代になるより、四十代から五十代になるときの方が覚悟せねばと突きつけられた。いよいよではなく、ついに、という感じで。

 

四十代半ばまでは、今は要らないとも考え、できたら産もうかとも迷い、ともあれ自分の意志で産むかどうかを決められた。だけどこれからはもう、否応なく産めなくなる。

 

しかし、たとえば女が五十から結婚しようとすれば、生活や老後の保障といった割り切りであるか、とことん恋愛であるかになる。新しい生活を構築するのではなく、今あるものを保っていこうとする生き方になる。それこそが四十代から五十代へ、だわ。

 

でも私は、薬で生理を保とうとはしない。充分、女の血は見たから。と、ホラーな締め。

 

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