本当に閉経中央値は「52.1歳まで遅延」しているのか?いま「確実にわかっていること」「いないこと」を整理すると

オトナサローネは過去7年半にわたり、多い年で250本を越える更年期記事を配信してきました。このうちの、例えば連載「100人の更年期」シリーズは冒頭で「45~55歳は更年期に該当することが多く」と説明しています。これは閉経平均年齢が50.54歳という典拠に基づいた記載です。

 

ところが、産婦人科専門医の太田博明先生は「閉経年齢は変化、遅延しているのではないか」と指摘します。

 

太田先生に取材した記事『もしかして更年期は「45歳スタート」ではない?閉経平均年齢を「50.54歳から52.1歳に」認識変更すべきこれだけの理由』が医療記事として記録的に読まれたことから、多くの人が「私の更年期は何歳から始まるの?」と関心を寄せていることが改めて明らかになりました。

 

「ただし、本当に閉経年齢が遅延しているのか、結論を出すにはまだ検討課題が残っています」と太田先生。いったいどういうことが不明なのでしょう? 改めて、現在わかっていること、これからわかっていくことについてお話を伺いました。

 

この研究はそもそも「閉経平均年齢を調べたもの」ではなかった

――前回の記事*1では徳島大学・安井敏之先生の論文(2012)*2をひもとき、「10年あたり0.8年の閉経の遅延が起きていると考えられるのではないか」と仮定しました。ただし、まだ推論の状態であり結論には至りません。今回は「どこまでがわかっていて、どこからがわかっていないのか」、より踏み込んだお話をお聞かせください。

 

安井先生の論文(以下安井論文)は、早発卵巣不全、早期閉経の因子を解析した内容で、2001年から2007年までに約5万人が参加した大規模なコホート研究、「Japan Nurse Health Study」(JNHS)*3をもとに上記2因子を解析した内容です。

 

コホート研究とは特定集団の経過を詳しく追う観察研究で、JNHSでは「25歳以上の女性看護職」を対象にしました。生活習慣や疾患など、女性の健康を追った内容です。

 

安井論文は「横断研究」と呼ばれるものです。ある集団のある一時点での疾病(健康障害)の有無と、要因保有状況を同時に調査し、関連を明らかにする方法です。 疾病の要因と疾病の関連を評価するために、罹患率でなく有病率が用いられるのが特徴です。

 

利点は、時間的・経費的な効率がよく、またいくつかの要因に着目して比較できること。さまざまな要因を一度に測定し、検討できる点もメリットです。逆に欠点として、バイアスの影響が入りやすいこと、また原因と結果の因果関係が明確ではないことが挙がります。

 

一般に、論文の最後では「研究の限界、今後の課題点」を述べます。安井論文では以下の①~⑥が挙げられています。これがつまり「いまわかっていること、わかっていないこと」のまとめですので、それぞれを詳しく見ていきましょう。

女性の閉経中央値は何歳なのかを決定するには? 簡単そうで難しい「方法論的な限界」

――では①~⑥、6つの課題点について順番にお聞かせください。まず①は、簡単に言うと「検査が足りないのでは」という課題ですね?

 

はい。原著は英語ですので、以下おおまかに日本語に訳した状態で抜粋します。「①女性の早期閉経(POF)を診断するためには、血清卵胞刺激ホルモン(FSH)濃度の測定と婦人科的検査を実施すべきである」

 

つまり早期閉経(POF)の診断のためには卵胞刺激ホルモン(FSH)を測定しないとならないでしょう?という話ですが、今回の研究では採血データが皆無なのです。FSHも測定していません。

 

以上は2012年にこの論文が報告された当時の知見のレベルですが、最近では女性が最終月経(final menstrual period・FMP)に近づくにつれて起きるホルモン変化についてはもっと多くのことが明らかにされています。参考までに、現在の知見をご紹介しておきましょう。

 

まず、卵巣予備能検査抗ミューラー管ホルモン(AMH)は25歳前後でピークに達し、その後、生殖年代では加齢に伴い持続的に減少することが判明しています。このAMHは前駆卵胞に由来する残りの卵胞のプール状態を反映しているので、FMPまでの時間指標として有用であるとされています*4。ちょっと難しい専門用語で説明しましたが、つまり、AMHの数値によって、閉経までの残り時間をおおまかに推定可能であるということです。

 

これから成長する卵胞*5によって産生される糖タンパク質ホルモンであるインヒビンBのレベルは閉経移行期の入口の段階で低くなり*6、下垂体による FSH 産生を抑制するネガティブフィードバックに関与します*7。これらのインヒビンBやFSHの変化は月経周期ごとの一貫性もなく、おそらく毎月の成長する卵胞プールの大きさによって微妙に変化すると言われています。そして、この段階ではFSHは正常ないしは断続的に上昇し、月経周期は正常または僅かに不規則であると言います*8。つまり、閉経移行期の入口では次に排卵される卵胞のサイズによってFSH産生が左右されてゆらぎ、FSH値は少しずつ上がりながら月経周期は少しずつ変化します*9。

これらが現在わかっている「最終月経までに起きること」です。

 

――難しい専門解説ですが、つまりは「10年前には閉経までの経緯の多くが未解明だったが、数値で閉経時期を見通せるようになり、またなぜFSH値がゆらぐのかもわかってきた」ということですね。つづいて②は「そもそもの自称閉経年齢があっているのかどうか」ということですね。参加者は65歳までなので、中には閉経後10年以上たっている人もいます。閉経をはっきりと覚えていない人も結構いるので、自己申告で大丈夫かと。

 

簡単に言うとそういうことです。訳すると「②個々の女性による閉経年齢の回顧は、横断的な性質上、本研究の限界である」。閉経の解析には、JNHSのベースライン調査時に40歳以上であった閉経前後の女性24,152人のデータを用いていますが、これらの記述が正確なのか。

 

もう1つ重要なのは、いつ閉経したかわかりにくいケースが多々あることです。

 

Seltzer VL(1990)が500人の閉経への移行を調べたデータ*10によれば、いちばん多いのは「月経血量が減少し、間隔がまばらになって閉経に至る」ケースで70%。次は「不正出血や過多月経が起きて閉経に至る」ケース18%。3つめは「ある日突然月経が来なくなった」ケース12%。3つめのケースならばいつ閉経したかを記憶しやすいと思いますが、一番多いケースではそれがいつだったかの厳密な見極めが難しいと思います。

 

――次の③は少々、根本的な内容です。「看護師さんたちの集団は特殊すぎて一般論にできないんじゃないか」ということであっていますか?

 

そうですね。抜粋すると、「③本研究の母集団は、学歴や社会経済的指標がほぼ同じ女性で構成されているため、学歴やその他の社会経済的指標を危険因子として含めなかった。本研究の母集団は同じような教育的、社会経済的背景を持つ女性で構成されているためである。したがって、これらの因子を除いた結果は、特殊な集団の結果であって、日本人女性集団全体の結果を代表するものではない可能性がある」。ここらへんをどのように解釈するかは難しいですね。

 

前編では方法論的限界のうち3つをご解説いただきました。後編では残る3つと、今後期待できるこの分野の進捗、そして課題をお聞かせいただきます。

 

つづき>>>「閉経はさらに0.8歳遅延している可能性もある」その理由は?私たちが「永遠の女性」として人生を楽しむために

 

お話/婦人科医・医学博士 太田博明先生

撮影/山岸 伸
1970年慶應義塾大学医学部卒業。80年米国ラ・ホーヤ癌研究所訪問研究員、95年慶應義塾大学産婦人科助教授、2000年東京女子医科大学産婦人科および母子総合医療センター主任教授。その後国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授、山王メディカルセンター・女性医療センター長を経て、19年より藤田医科大学病院国際医療センター客員病院教授、21年より現職の川崎医科大学産婦人科学2 特任教授、川崎医科大学総合医療センター産婦人科特任部長を務める。日本骨粗鬆症学会元理事長、日本骨代謝学会および日本女性医学学会元理事・監事を務め、日本抗加齢医学会では元理事、現職の監事を務める。国内の女性医学のパイオニアとして今なお第一線での研究と啓蒙を続ける。1996年日本更年期医学会(現日本女性医学会)第1回学会賞受賞、2015年日本骨粗鬆症学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)、2020年日本骨代謝学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)。著書多数、最新刊は『若返りの医学 ―何歳からでもできる長寿法』(さくら舎)。2023年4月より日本更年期と加齢のヘルスケア学会理事長。

 

 

[1]もしかして更年期は「45歳スタート」ではない?閉経平均年齢を「50.54歳から52.1歳に」認識変更すべきこれだけの理由

[2] Toshiyuki Yasui, Kunihiko Hayashi, Hideki Mizunuma, Toshiro Kubota, Takeshi Aso,Yasuhiro Matsumura, Jung-Su Leef, Shosuke Suzuki :Factors associated with premature ovarian failure, early menopause and earlier onset of menopause in Japanese women,Maturitas, 72, 249–255, 2012

[3] 日本ナースヘルス研究(公式サイト) 

[4] Kelsey TW, Wright P, Nelson SM, Anderson RA, Wallace WH. A validated model of serum anti-müllerian hormone from conception to menopause. PLoS One. 2011;6(7):e22024. doi: 10.1371/journal.pone.0022024. Epub 2011 Jul 15.

[5] Santoro NJohnson J. Diagnosing the Onset of Menopause. JAMA. 2019;322(8):775–776.

[6] Hale GE, Zhao X, Hughes CL, Burger HG, Robertson DM, Fraser IS. Endocrine features of menstrual cycles in middle and late reproductive age and the menopausal transition classified according to the Staging of Reproductive Aging Workshop (STRAW) staging system. J Clin Endocrinol Metab. 2007;92(8):3060-3067.

[7] Welt CK, McNicholl DJ, Taylor AE, Hall JE. Female reproductive aging is marked by decreased secretion of dimeric inhibin. J Clin Endocrinol Metab. 1999 Jan;84(1):105-11.

[8] Harlow SD, Gass M, Hall JE, Lobo R, Maki P, Rebar RW, Sherman S, Sluss PM, de Villiers TJ; STRAW 10 Collaborative Group. Executive summary of the Stages of Reproductive Aging Workshop + 10: addressing the unfinished agenda of staging reproductive aging. Menopause. 2012 Apr;19(4):387-95.

[9] . Rannevik G, Jeppsson S, Johnell O. Bjerre B. Laurell-Borulf Y. Svanberg L A longitudinal study of the perimenopausal transition: altered profiles of steroid and pituitary hormones, SHBG and bone mineral density.Maturitas.1995;21(8):103-113. https://doi.org/10.1016/0378-5122(94)00869-9

[10] Seltzer VL, Benjamin F, Deutsch S. Perimenopausal bleeding patterns and pathologic findings. J Am Med Womens Assoc . 1990 Jul-Aug;45(4):132-4.

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