【中山美穂】の代表作『Love Letter』を観るたび、アンヌ遙香が「いつも泣いてしまう」シーンとその理由とは?
アンヌ遙香さんが愛して止まない「映画」と「女」をテーマに語る新連載がスタート。【前編】に続く【後編】です。
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【アンヌ遙香、「映画と女」を語る #1】
ヒロインの背景にあの名画の絶対的女性像が?
そこで私ははたと気づいてしまったのでした。亡くなった婚約者が忘れられない博子は、あの『東京物語』の紀子なのだと。
小津安二郎監督の『東京物語』は、尾道に住む年老いた父と母が東京に住む子供たちに会うために、遠路はるばる汽車を使って上京してきますが、実の子どもたちからは煙たがられてしまいます。なんやかんやと理由をつけられてきょうだいの中でたらい回しにあう父と母。
そんな中で彼らに唯一優しく接したのが原節子演じる嫁の紀子でした。戦争で他界した次男の妻、つまり彼らからみれば他人とも言える紀子ですが、自分のアパートに彼らを迎え入れ、東京観光の手伝いをし、かいがいしく世話を焼きます。
小津映画の中の原節子は、常に優しく、汚れたところがなく、いつでも優しく微笑んでいるのでした。
映画界における女性像を、聖母か、それとも男を魅了するファムファタルかの二分とするならば(非常に乱暴な区分とはわかっていますが)、原節子は常に日本映画界における聖女の部分を背負って立ってきた存在でした。ルックスこそ華やかでしたが、まさに大和撫子を絵に描いたような存在だったのです。
対照的なキャラクターを見事演じ分けた中山美穂
『Love Letter』における2人の中山美穂は、聖女か悪女かの二分はできませんが、間違いなく博子は聖女であったといえるでしょう。3回忌が過ぎても婚約者のことが忘れられず、亡き婚約者の親友アキバ(豊川悦司)からは熱く愛を告白され、自分も次のステップに進まなければいけないとわかりつつも、新しい恋に向けて完全に心を開くことはしません。
ただ言えるのは、非常に貞淑でありながらもアキバに対して強い拒絶を示すこともしないということ。とにかく優しいのです。博子は日本映画界で長年受け継がれてきた「聖女原節子像」をそのまま体現しているのです。
昔ながらの手書きの手紙を送ってくる博子とは対照的に、もう1人の樹は当時の最先端であったワープロを使いこなして手紙の返事を送り返してきます。
郵便配達の男性から頻繁にデートの誘いを受けるものの、はっきりと拒絶の態度を示すこともできる人。シンプルな服装が印象的な博子とは真逆に、カラフルなパッチワークのようなセーターを着こなし、雪道をものともせずに自転車を走らせる活発さがあります。
元気で、かつ強い意志もあることを感じさせる樹は、愛嬌に溢れコケティッシュ。当時の多くの人が「アイドルミポリン」に抱いていたイメージをそのまま体現しているような、太陽のような明るい女性像が樹とも言えます。
ヒロインの二役は月と太陽のように対比され
貞淑な月のような博子と、明るくも自分の意思は曲げない太陽のような樹。社会が求めてやまない、女の「陰と陽」の部分を一人二役という対比で見事に演じきっていたと言えはしないでしょうか。
かつ、この作品の中で中山美穂さんは、俳優としての中山美穂とアイドルとしての中山美穂の両方の面をしっかり見せつけてくれていたのでした。
やはり印象的なのは、博子が山に向かって叫ぶシーンでしょう。「お元気ですか?私は元気です」と朝焼けに燃える尾根に向かって叫び続ける博子。
体の奥底から絞り出すような声で、全身全霊を使って、山で眠る恋人に向かって言葉を届けようとする博子。ただ切ないだけではないのです。
山小屋から出てきた人物が「朝から何の騒ぎだ?」と一言添えることで、ただもの悲しいだけではない、ほっとした明るさも垣間見えるような、そんな印象的なシーンになっています。私はここでいつも泣いてしまうのです。中山美穂さんの演技があまりにも見事だから。
この名シーンについて、岩井監督は「こちらで細かく、何の演技もつけていなくて、一人でやったことです。本人の理解と本人の感受性でやった場面なんで、あの場面だけは僕の物ですらなく、あの演技だけは彼女の作品だなとすごく思います」と振り返っていたそうです。
岩井監督は俳優としての中山美穂を高く買っていたし、その演技力の確かさを見抜いていたのでしょう。
私たちは彼女の俳優としての底力に気づけていたでしょうか?『Love Letter』を丁寧に見返していくと、世の中が求めた「底抜けに明るいアイドルとしての中山美穂」と「二人の女性を確かに演じ分けた俳優・中山美穂」としてのそれぞれの役割をしっかりこなしていたのが非常によくわかるのです。
あまりにも早すぎる…
54歳で生涯を閉じた中山美穂さん。アイドルとしての彼女の姿も、雪にまみれながら「お元気ですか」と叫び、観客を泣かせた中山美穂も、すべてが彼女を形作っていたピースだったことは確かです。私はただ、彼女が「ああ今日も良い1日だった」「そして明日も頑張ろう」と、そんな平凡な明るい感情を抱いて旅立ってくれていたことを願うばかりで。
私にとって、故郷・北海道の愛しい景色のひとつひとつを見せてくれる『Love Letter』はとても大切な映画であり、見るたびに新鮮な涙を誘ってくれる名作です。
中山美穂さん、春の雪のように静かにいなくなってしまいましたが、みんながあなたを恋しがっていますよ。お元気ですか。私たちは元気です。
文/アンヌ遙香
Profile
元TBSアナウンサー(小林悠名義)1985年、北海道生まれ。お茶の水女子大学大学院ジェンダー日本美術史修士。2010年、TBSに入社。情報番組『朝ズバッ!』、『報道特集』、『たまむすび』等担当。2016年退社後、現在は故郷札幌を拠点に、MC、TVコメンテーター、タレントとして活動中。文筆業にも力を入れている。ポッドキャスト/YouTube『アンヌ遙香の喫茶ナタリー』を配信中。仏像と犬を愛す。
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