いま「更年期世代を助けて!!」と声を上げないと、このまま無視され続けてしまう切実なワケ
2022年4月に放送されたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル「#みんなの更年期」をご覧になった方も多いと思います。更年期にまつわるさまざまなトラブルの中でも、更年期離職のリアルをとりわけ鮮明に描いたこのドキュメンタリーは、放送によって「時代がひとつ前に進んだ」重大なターニングポイントでした。
どのような人たちが、どのような思いで番組をこの制作したのでしょうか。更年期障害の渦中にいるオトナサローネ編集部の井一が、番組担当者のお二人に伺いました。
前編記事『NHKスペシャル「#みんなの更年期」が伝えたかったこと。「こんなことがあってはならない」更年期離職の衝撃』に続く後編です。
(左)NHK 報道番組センター 社会番組部ディレクター 市野凛さん
(右)同 政経・国際番組部チーフ・プロデューサー 植松由登さん
男女問わず「不調のときには無理せず休める」社会であるべきだ。男性にだって男性更年期がある
――ここまでがリサーチの段階で、ひたすらデータを「読む」ことで全体像を把握していたのだと思います。そこから取材がスタート、リアルな実体験に接したインパクトはいかがでしたか?
市野さん
声を寄せてくれた当事者の方に電話や対面で1時間2時間かけてお話を伺うと、文字だけではわからなかったその方の人生が、ちゃんと体温を伴って見えてきます。いま更年期世代の皆さんは、女性として働くことへの葛藤や壁に直面しながらも人生を積み上げてきた世代です。いろんなものを乗り越えてきたその上でのいまのしんどさや戸惑いなのだということが伝わってきました。家族や周囲との関係性についてもこれまでの積み重ねを伺うことでより一層理解が深まりました。
――印象に残った取材時のエピソード、たくさんあると思いますが、たとえばどんなお話がいちばん身につまされましたか?
市野さん
「これ自分たちも経験するのかも」と思ったひとりが、管理職だったけれど退職した方です。ずっと働き続けて、男性基準の会社組織でも仕事で成果を出して認められてきた方で、「更年期だからできないという言い訳をしたくない」と、周囲には不調を言わなかったそうです。
一度お休みをもらって治療に専念して、体調が改善してきたから復帰したのに、管理職としての働き方が相変わらず激務だったため、症状が悪化して結局退職してしまいました。産婦人科の先生に「ホルモン治療をしても働き方が変わらないと効果がトントンになる」と言われたそうです。日本の労働環境、そして企業が求める管理職の役割が変わらない限り、何年たっても同じことが起こってしまうのではないかと感じました。
――まさに、自分ごととしての更年期ですね。こんな労働環境の日本のままで未来が明るいとはとても思えない。
植松さん
大企業で幹部まで出世した女性が泣く泣くキャリアをあきらめた話も強く記憶に残っています。幹部であってさえ、会社や職場環境のほうを変えようという発想にはいきつけないんです。社会全体が健康な男性基準のものさしになっていて、そのために私たちが失っているものは小さくないのではと感じます。
市野さん
イギリスは「シックリーブ」、有休とは別の病気休暇が普通にあり、国民性なのか「具合が悪ければ休め」というのがきちんとベースにあるようです。ところが、日本は「具合が悪くてもがんばらないと」という風潮がまだまだ根強いのだと寄せられた声からも伝わってきます。更年期だけではなくいろんなことで「しんどいときはしんどいと言える社会」を目指したいと思いました。男性だって親の介護や子どもの世話でしんどいときがあるわけですし、インクルージョンを目指すならば誰にでも起き得る更年期をまず「言える社会」のスタートとしませんかと。
更年期の医療にも問題が山積み。快く診察してもらえる仕組みになっていない
――取材を進めていくと「やっぱりな」と併せて「信じられない」と思うようなこともあったのではと思います。
市野さん
更年期医療の問題は取材を始めた当初には想定していなかったので驚きました。これまでメディアでは更年期症状のある女性に対して「不調があれば婦人科へ」と説明してきましたが、実は婦人科に行ってもあんまり救われてない女性たちがいることが寄せられた声から見えてきたんです。なんでなんだろう?と、3月に医師向けのアンケート調査を実施しました。なぜこんなに救われないのか、医師たちの本音に迫ることで確かめようと思いました。(参照・医者の4割近くが“自信ない”!? 更年期医療の課題とは )
すると、「経験がないからできない」「服薬管理が面倒」「手間をかけても治せる自信がない」「正直更年期は儲からない」「主訴がありすぎて治療に時間もかかって採算が合わない」、そんな声が数多く集まりました。
世界的な標準治療であるホルモン補充療法(HRT)についても、「がんのリスクがあるから嫌だ」という医師がいました。現在では「乳がんのリスクに及ぼす影響は非常に小さい」とされていて、リスクを限りなく減らせる投与方法も研究が進んでいます。そもそも乳がんリスクがあるというデータはかなり古い情報なのに、認識がアップデートされていません。
当事者向けの調査でどういう治療を受けたかも調べましたが、HRTを受けた人は5%ほどしかいませんでした。ちゃんと向き合って治療してもらうには、産婦人科ならばどこに行ってもいいというわけではないようだということが見えてきました。
――そうですよね、私は3院でHRTを断られていますので、納得の数字です。むしろ5%も受けられているだなんて、そっちに驚きです。
市野さん
「更年期症状の疑いがある患者を自分で診療する」という医師のなかでも、直近1年でHRTを処方した人は48%。約半数は処方していませんでした。そもそも更年期障害で最初から婦人科に行く人ばかりではなく、めまいや頭痛でかかりつけ医を受診し、漢方を出されたりしてそのまま婦人科へは行かない人も多いんです。他科の医師が婦人科につなげてくれるとも限りません。
ただ、医師にとっても更年期診療はとても難しいのだなとは理解できました。この腫瘍を取り除けば完治というようなものではなく、どれだけがんばって治療しても患者側の治った実感が乏しい場合は「あの医者はヤブ」なんて言われてしんどいという声もあります。「治療の終わりが見通しにくい」「やりがいを得にくい」という声も聞こえてきました。治療法は合う人も合わない人もいるという予備知識を持って、1回2回であきらめずに腰を据えて治療する姿勢が患者側にも必要なのではと思いました。
――私はかつて、医師が私たちの更年期症状の診察を嫌がっているんだということを知ったときに、本当にショックを受けました。
植松さん
番組では、構造的な問題として診療報酬が低いという指摘も取り上げました。金銭的な報酬の少なさに関しては、更年期を積極的に診ている医師の多くが話しています。精神科でならカウンセリングに保険点数がつくのに、産婦人科が丁寧にカウンセリングしても報酬が伴わない。だから医師としても乗り出しにくいと。
女性の側もいまこそ声をあげていかないと、更年期女性のカウンセリングができる医師が増えていかない状態が続いてしまいます。
困っているのに「どこに相談に行けばいいのかわからない」この現実から解消しなければならない
――「肩が凝ったら整体に行こう」など、大抵のトラブルには想起しやすい駆け込み先があるのですが、更年期の場合はそれがどこにあるのかまったくわからず右往左往します。
市野さん
たとえば国民健康保険の被保険者は市町村の健康診断に行きますが、ここが更年期のチェック機能を十分に果たしていません。取材を進めたところ都内のある自治体の窓口が親切に悩みを聞いてくれたという声がありましたが、調べるとたまたま月に一度の女性の健康相談窓口に更年期に詳しい方が座っていただけで、健康インフラとはいいがたい状況でした。
職場での対応はどうなのか。労働組合の「連合」にも更年期障害についての課題認識はないのか、取材しました。地方組織の「連合東京」ではさっそくアンケートを取って夏には東京都への政策要望を提出し、「連合」でも2023年度の活動計画に「更年期の課題可視化と解決」を盛り込みました。
――これだけ反応が早いとなると、恣意的に無視され続けてきただけでなく、女性の側がこのトラブルについて声を上げてこなさすぎたという側面もあるのでしょうか。
植松さん
なぜこれまで更年期は放置されてきたのか、社会課題になってこなかったのか、考える必要があると思います。女性が声をあげてこなかったというより、「声を上げられない」「我慢するしかない」と思わせる構造がないか。他にも可視化されてこなかった女性のしんどさはたくさんあると取材を重ねるなかで感じています。
中でも更年期はモノを申すことのハードルが高いのではと感じます。更年期世代になると女性がおかれている状況、家庭環境も働く環境もさまざまです。「これは自分のせいかもしれない」「私だけが苦しいのかも」と思いがちなのかもしれません。最初は労働問題として取り上げた「#みんなの更年期」ですが、取材を続けるうちに課題はいろんな分野に広がっていきました。
――相談窓口の設置だけではない、他の新たな方策もあり得そうですね。社会の根本部分にアプローチする意識改革についてはいかがでしょうか。
市野さん
教育が大事で、そこを変えれば変わるんじゃないかなという思いもあります。イギリスでは義務教育で女性のリプロダクティブヘルスを教えていますが、その中で更年期だけが抜けていたのだそうです。なので、カリキュラムに更年期を入れましょうという議論が進みました。でも、日本の場合は女性の一生涯の健康と尊厳という話をちゃんと学ぶ場を設けることから始めなければなりません。
最近は芸能人の皆さんも更年期についてオープンに語るようになってきました。番組で語ってくださいとオファーしても断られた方が、半年後にふと気づくとSNSでご自身の更年期を語っていたりします。いやいや半年前に語ってほしかったなと思ったりしますが(笑)、その半年で語りやすい雰囲気が実現できていたのだなとも感じます。
――今日はお忙しいところ、お話をお聞かせいただいて、ありがとうございました。
【編集部取材メモ】ホルモン由来のトラブルは「個人の問題」ではなく「社会の課題」だと認識を変えていきたい
このお話はオトナサローネ編集部井一が伺いました。この取材での学びを機に、私は「男女問わず、更年期障害というのは個人の身体のトラブルにとどまらず、社会が解決すべき課題でもある」という発言をするようになりました。
仮に家から出ないという選択ができるならば、ホットフラッシュやめまいなどの症状が出ている最中は「この瞬間は人に会わない、家から出ない」と決めてやりすごせるかもしれない。でも、働いているとそうはいかない。要するに、社会と関与するからこそ「問題」に転じるタイプの何かですよね。
現実に、私の友人はコロナ禍のステイホームのおかげで不調時の業務をやりくりすることができました。かなりの重症でしたので、「もしコロナ前のように出勤がマストだったら、とてもじゃないけれど仕事なんか続けられなかった。私はコロナに救われた」と振り返っています。
私たちはずっと、欠勤の際「ごめんなさい、体調を崩しました」と謝り続けてきました。実のところ、日本の休暇に関わる法律は諸外国と比べても相応に手厚くできているのですが、その割に日本人の有給取得率は2021年時点で58.3%です。2013年には48.8%でしたから8年で約10ポイント改善されたとはいえ、全部使うことはできない雰囲気がずっとあります。
医療の問題も大きい。アンケート上でも婦人科で塩対応されて「病院は行きたくない」と消極的態度に変容した女性が見過ごせない数います。私も3院でHRTを断られましたが、「どんな経験も記事にできるから」と思えたから4院目にたどり着けただけで、仕事の要素がなければ1院目で心が折れました。
これから労働人口が減っていくなか、私たちはできる限り健康を保ち、働ける期間を延ばしていく必要があります。終わることがわかっている更年期の症状で離職してしまうなんてこと、できれば撲滅したい。そのためには男女問わず、また就労形態も問わず、みんなが「休める」ムードを作っていかねばならぬ、そしてみんなが等しく医療につながりやすくならねばならぬ。そう改めて強く感じる取材でした。
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