40代、50代。親の介護と、自分の老後が不安です【上野千鶴子さんに聞く③】
■これから変えていくべき介護の「当たり前」とは?
━━これから私達が変えていかなきゃいけない世間の常識はあると思うのですが、介護については何を変えていかなきゃいけないでしょうか?
上野:介護について、私はもう在宅派です。「年寄りを一人で家に置いておいておけない」という常識を変えていきたい。年寄りが一人暮らししていても大丈夫な社会にしていくことが重要です。
日本は家族主義が強い社会ですから、同居家族がいさあえすれば安心って思い込んでいるんですよ。ホントはそんなことないのにね。年寄りの夫婦世帯のあいだは子供も介入しないし、じいさんばあさん二人でうまくやっていけると思うのだけれど、どちらか一人が残されると「一人で置いておけない」と本人も、子供も、周囲も思い込む。「なんで年寄りを一人にしておくの」って子供に圧力をかけるのです。
引き取るか、同居するか、さもなければ施設に送るか?これまではこの3択でした。22年たって何が変わったかというと「年寄りを一人でおいていてもかまわない」という在宅支援のシステムができてきたこと。これが大きな変化です。2006年に『おひとりさまの老後』(法研/文春文庫)という本を書いて、ベストセラーになりました。おひとりさまに対する偏見を変えたいと思って書きましたけど、実際に変わってきました。
私が40、50代の人たちに言いたいのは、年寄りを一人で置いておけるというのは、あなたたちが離れていてもかまわないということです。そしていずれは自分も一人で老後を暮らせる社会になるということです。「年寄りにばかり社会保障費をたくさん使って…」という批判もありますけれど、それは将来のあなたたち自身のためでもあるなんです。
━━親子であっても何十年も離れて暮らしていると、生活習慣が違ってきますよね。
上野:なかには親と同居するために離職する人もいたりします。子供が親を自分のところに呼び寄せて同居するパターンもあります。わかってきたのは、中途同居が年寄りにとってけっして幸福ではないということです。子供と一緒が幸せなんていうのは幻想だってことがわかってきました。
━━地元にいたほうが友達やコミュニティなど慣れ親しんでいる環境がありますよね。
上野:人間には馴染み要因というのがあって、娘が親を呼び寄せたりしたら、なじんだ土地、なじんだ家、なじんだ人間関係、それを全部失います。呼び寄せ同居って子供の都合で呼んでいるのですよ。それよりもそれぞれ別の場所に住んで、親は親、子は子で安心して生きている社会にしていかないと。
■年寄りが一人で生きていける社会へ
上野:いまは年寄りが一人で生きている社会になってきました。日本に大きな3つの社会保障制度があるからです。
まず年金。年寄りに年金があるから、子供が仕送りをしなくてよくなりました。しかし国民年金と、厚生年金には大きな違いがあります。国民年金の人たちは自営業、そのほとんどが農家世帯ですから、年金制度を設定した人たちの大きな見込み違いは、農家のじいさんばあさんたちには定年がないから、死の前日まで畑にでていてある日ぽっくり亡くなるだろうと。だから孫に小遣いやる程度の金額でいいだろうと思ったことです。
こんなに長生きするとは思わず、こんなにヨタヘロになっても死なないとは思わず、年金収入だけに100%依存する世帯がこれだけの増えると思もってもいなかったわけです。
厚生年金の設計者たちは、雇用者には定年制度があるから、ある日突然ぷっつり収入が途絶えてしまう。それじゃかわいそうだから、せめて現役時代の半分程度を保証してあげなきゃと思ったわけです。だから厚生年金はそこそこの額になっています。
いまの40代50代の親は70、80代ですよね。この世代は雇用者率が高く、自営業者を上回りました。しかも定年まで勤め上げた人が多いので、厚生年金もそれなりに受けとれます。夫を見送った妻には、夫の厚生年金の3/4が支給されます。持ち家もついてくる。フローとストックがついてくるので、ばあさんを一人で置いておけるんです。だから年金保険ってものすごく大切なのです。
年金保険に加えて、医療保険と介護保険があります。この3点セットは日本が世界に誇る制度です。だから安心して長生きできる社会になっているのです。その昔「女は三界に家なし」*って言われましたが、「高齢化社会をよくする女性の会」の独自調査によれば、会員の63%が自分名義の不動産を持っているというデータが出ました。いま女性たちは年をとったら家持ちにもなります。
*「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと。女性は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がないという意味。
いかに社会制度をうまく利用しながら、自分だけで負担を抱えないでいくか。いかに社会制度を利用することが恥ずかしくないか。そういう世の中が当たり前になってきています。
ただし日本の社会保障制度はすべて自己申告制ですから、制度リテラシーを持っているかいないかで、差がつきますね。
■親の介護で制度のリテラシーを学んで
上野:誰でも老後になったときは初心者です。でも親を介護するときのキーパーソンに子どもたちがなれば、40代、50代に制度のリテラシーを学んで、自分のときにはどうしようと考えたらいいと思います。親の介護に自分がキーパーソンとして関わることでノウハウを学ぶことは大切ですが、問題は、30年後、40年後にあなたたち自身が要介護になったとき制度がちゃんと使えるかどうかってことです。30年って長いですからね。
いま介護保険は改悪されてきています。以前は1割負担でしたけれど、年金額にもよりますが、これからは2割負担、3割負担になります。利用制限や利用資格の厳格化など、制度の空洞化が進んでいます。それをやってきたのはいまの保守政権です。それをうかうか見逃してきた、あなたたち有権者の責任でもあります。
━━そう考えると、私達世代は何を勝ち取って来たのか。いまの10、20代など若い人たちが「あってよかった」と思ってもらえることを勝ち取っていかなくてはですね。
上野:介護保険をつくったのはいまの70代の世代です。団塊世代ははためいわくな世代とも言われましたが、最大の功績は介護保険をつくったことです。
それに比べて40代、50代は政治的な運動に不活発な世代。うかうかしているうちにやられますよ。政治に関心を持たなくてはいけないと反省してもらいたいですね。
『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』
知のスペシャリストが学生たちに「今日が人生最後の日だったら何を語るか」というテーマで特別講義を行うNHKの人気番組「最後の講義」。上野千鶴子さんの回ではこれまでの学問を通じて女性の問題に対してどう社会を変えようとしてこられたか、本当に必要なのは弱者になったときに助けてもらえる社会であることを率直な言葉で語り、後輩たちにエールを送ってくれています。
著者:上野千鶴子
出版社:主婦の友社
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→続き【上野千鶴子さんに聞く④】自分の老後が不安です。40代から始めたほうがいいことは?
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