世にも稀なる「リモート女将」誕生までの波乱万丈、パンケーキから始まった【新しすぎる働き方図鑑#1】

2022.05.20 WORK

1980年生まれの川村祐子さんは生まれも育ちも横浜。現在、製菓と惣菜製造の工房兼キッチンスタジオを川崎市内に構えて、地域とコミュニケーションをとりながら、ケータリングサービスも展開している。また、食事を楽しむことの大切さを多方面から研究し発信する「食育アクティビスト」としても活躍中。

 

一方、長崎県雲仙市の老舗温泉旅館で「リモート女将」という見たことも聞いたこともない肩書を持ち、サービスの企画や事業推進に携わっている。

 

川村さんが2つの肩書を持って働くようになったのは2021年のこと。人懐こく元気いっぱいの笑顔の川村さんは巡り巡って40歳を超えてのデュアルワーカー。しかしこれまでの約10年間は決して平坦ではなかった。笑顔の裏側にある大波、小波の人生について尋ねてみた。

【新しすぎる働き方図鑑#1】前編

「3倍速で生きていくような」多忙さ。駆け足で20代が過ぎた

10代の頃から早く社会に出て働くと決めていた川村さん。ファッション業界に入りアパレル企業でショップマネージャーやテキスタイルバイヤーとして多忙な生活を送り、その後芸能業界への転身を経て、27歳で結婚。その後30歳で離婚を経験し、フリーランスのファッションPRとして独立を果たす。その後、再婚して妊娠するが惜しくも流産してしまう。

 

「出産に向けて仕事を休業。それなのに流産してしまいました。仕事もクローズしてしまったので、心にポッカリ穴が空いてしまったかように、メリハリのない毎日を過ごしていたんです。ある日のこと、10代の頃の人生設計を急に思い出し、『そうだ20~30代の間はファッション、40歳には自分のお店としてカフェをやろうと企んでいたんだった!』と閃いたんです。このまま妊活しているだけじゃもったいないので、カフェオープンに向けて飲食業の勉強をしようと考えました」

 

思い立ったら、もうじっとしていられない性格の川村さん。3つのレストランにターゲットに決め、すぐに面接。即刻パートで働くことを決める。朝から夜までかわるがわる場所を変えて、レストランの厨房で働く生活がスタート。目まぐるしい川村さんの飲食業での修行が始まった。

 

「当時は空前のパンケーキブームでした。朝食メニューのあるカフェが理想だったので、朝食が朝7時から楽しめるコンフォートレストランで働きはじめ、午後からは中目黒のパンケーキ屋さんで夕方まで働き、夜は友達がオーナーシェフの原宿の欧風レストランで働きました」

 

家庭とは全く違うキッチン。たとえば広い厨房に10人以上がそれぞれの持ち場で働いている中で、山盛りになっているパプリカの種を抜いたり、ジャガイモを10キロを洗ったり。次から次へと仕事を頼まれて休む暇がない。

 

「私はその当時、33歳でしたが未経験だったので、自分よりもとても若い大学生のバイトリーダーに怒られることもありました。例えば食材の混ぜ合わせを指示されて、まな板の上にボールを置いて混ぜようすると『ボールの底がまな板にくっついてるでしょう。ボールの裏って舐められるほど清潔なの?』と怒られて。厨房の中ではマイルールは通じないと教えられました」

 

異なるレストランの慣れない厨房での仕事はまさに修行。厨房によってルールの違いに翻弄される毎日だった。しかし今となっては、店によって異なった修行が、現在の自分の料理に活きていると感じている。

 

「ひとつのレストランでは『美味しそうだと思うのはお客様だから、自分なりに工夫して作ってみて』と。お客さんに出して良かったのか悪かったのかを自分で判断するように指示されました。ところがもうひとつのレストランにはバッチリとマニュアルがありました。『自分なりの工夫』は必要なく、むしろマニュアルにある写真と同じように出来上がらないとダメ。写真と違うというだけでクレームに繋がるからです。パンも物差しで計測して切っていましたからね。自分なりの工夫が必要なレストランの感覚のまま、マニュアル通りに仕上げなければいけない店で仕事をしたら、案の定、写真と違うじゃないかと怒られました」

 

2回目の妊娠、そして流産。だが、人生の転機と捉えて前を向いた

2年半ほどの飲食の修行の最中、2回目の妊娠。出産のために修行を中断して環境を整えようとした矢先、再び流産。あまりのショック、しばらく休みながら今後の人生を考えることに。

 

「カフェを持つ夢に向けて走り出したものを止めるわけにはいかなくて。次第に自分の看板を構えて飲食業をスタートしたいと考えはじめました」

 

一方で、レストランでの修行中に、食品ロスについて深刻に考えることがあった。そこで思いついたのがケータリングビジネス。オーダーを受けてから人数分を作って届けるモデルであればロスは少ないし、今の自分にあっているだろうと。

 

「私のケータリングの仕事のために、キッチンを貸してくれるという欧風レストランのオーナーシェフの好意に甘えて、自分の店の屋号も作りました。いよいよ営業活動を始めようとした時のこと。たまたま偶然に道端で会った出版業界の友人に近況を話すと、すぐに広告の撮影現場があるといってその場で20名分のケータリングを任せてもらったんです」

 

なんてラッキーなのでしょうと喜んでいる間もない。メニューがあるわけでもなく、どうにかこうにか見様見真似。自分が食べるつもりになって、どんなメニューが嬉しいかと考えながら作った。

 

「小さいおにぎりをたくさん、野菜のお惣菜、から揚げ。お味噌汁を鍋ごと持っていって。朝食のオーダーが多くて早朝5時から作って、現場に持っていきました。ケータリングの仕事のない日は、友人のレストランで勉強しながらアルバイトで働いていました」

 

順風満帆と思いきや、突然、離婚を切り出される。なぜ?

ケータリングの仕事をはじめて半年が過ぎたころ、37歳でいきなり旦那から離婚を切り出される。寝耳に水だったそう。彼に仕事の相談もしていたし、彼に助けられていると感じていたのに。いったいなぜ……?

 

「私のためにも離婚するって彼が言い出して……。何度も理由を聞いたのですが、私が納得できるものはひとつもなくて。これはあくまで私の推測ですが、結婚生活のなかでの2人の立場は、彼が私を守るスタイルを貫きたかったのかもしれません」

 

最初の流産の後、自分の生きる道を自分で決めて、将来カフェを開くために修行を始めた。そして2度目の流産では、自分でフリーランスになってケータリングの仕事でリスタートした。

 

「もちろんすべて彼に相談もしました。自分の仕事を自分で決めたとはいえ、私の気持ちは彼に頼っていたはずなので彼も納得していたと思っていたんです。ところが実際には、彼が考えていた理想の夫婦のスタイルとはかけ離れてしまったのかもしれません」

 

ケータリングの仕事を始めたばかりで、まだ収入が安定しないなかでの離婚。ひとまず生活が安定するまで、川村さんの引っ越し先の家賃を請け負ってもらうことで折り合いをつける。

 

店を出したいが貯金も融資もない。そんな中での幸運の出会い、そして運命の暗転

2度の離婚、辛い流産を経たあと、ケータリングの仕事を続けていたが、友人にキッチンを借りたままずっと続けるわけにはいかない。ついに自分の店を出したいと思うようになる。しかしながら現実的にはまとまった貯金がない。融資といっても担保がない。あれこれ考えているとまた幸運の出会いに恵まれる。

 

「ちょうど中学の同窓会があって幼なじみとの再会。お互いに近況報告をすると、彼は清掃会社を経営しているということでした。私はもちろん飲食店を開きたいという夢を話しました。するとなんと、私の夢をかなえてあげたいと言ってくれたんです。夢のようでこれほど嬉しかったことはありません。その後はとんとんと開業へ向けて進んでいきました。彼が会社開業資金を個人的に貸してくれることになり、それが私の会社の信用となり無事に銀行から融資を受けることができました」

 

幼なじみとの運命の再会からトントン拍子に話が進み、カフェ&デリカテッセン「THE TABLE PICNIC」を神奈川県川崎市にオープン。ケータリングと、新規事業として飲食店をはじめることになった。路面店であったこともあり、自然と地域のお客さんから支持されるように。開業当初はひとりでやりくりしていたが、2人のアルバイトスタッフが仲間入りし売上も順調だった。ところが……。

 

「川崎市内に外観がとても素敵で、広さも申し分ない物件と出会い、テイクアウトと店内でのご飲食ができるショップを2018年11月にオープンすることができました。『THE TABLE PICNIC』というのは、テーブルの上で楽しくピクニックみたく広げて食べてくださいという意味です。10坪の店内の半分はキッチンで、もう半分には9席のテーブルを置いて飲食できるようにしました。同時に、これまでのケータリングも続投することに。BtoCのサービスは初体験で戸惑うこともありましたが、スタッフと一緒に力を合わせて、地域の方に助けられながら、なんとかやっていけそうかなと思っていました。そして1年が過ぎたころ、コロナの波が襲い掛かってきて……。目標の売上にようやく達成したと思ったときでしたね。まさにこれからというときに緊急事態宣言下になってしまいました」

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この記事を書いたのは
フリーライター うらがみゆう

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