「深くぐっすり眠れる人」だけが認知症リスク低下、というわけでもないらしい?「よい睡眠」のために重要なこととは

ウエアラブルデバイスによる生体データ計測がいよいよ日常の常識の一部になってきました。「そろそろ何かスマートウォッチほしいな」と検討中の人も多いのではないでしょうか。1日も早く買って計測を始めたほうがいいです。ただし、何を買うかは慎重に考えたほうがいい。

 

間違いのない選択肢のひとつがApple Watch Series 11をはじめとするApple Watchでしょう。Appleが7月に開催した睡眠にまつわる専門レクチャー「Apple Watch Sleep Experience」から、睡眠とメンタルヘルス領域で研究を続ける早稲田大学スポーツ科学学術院 西多昌規教授に「よりよい睡眠」について伺います。

 

 

前編記事『更年期世代が「気を付けたほうがいい」睡眠の特徴とは?「眠れていない」と感じる人に共通する特徴があって』に続く後編です。

意外に知らない「睡眠の成分」。深い眠りは睡眠の前半にくるが、浅い眠りも重要

睡眠時間は7〜8時間程度取ることが多いですが、前半と後半では様相が異なります。睡眠の前半は深い睡眠が多く、後半になるにつれてレム睡眠が増えていきます。レム睡眠は90分から120分程度の周期で出現すると言われています。

 

「前半の深い睡眠さえ取れればいい」と思われがちですが、後半の睡眠も重要です。十分な睡眠時間が取れないと、レム睡眠も不十分になります。レム睡眠が短い人は寿命が短くなる、という研究報告もあります。

 

レム睡眠とノンレム睡眠は、脳波と眼球運動によって区別されます。レム睡眠中は、まぶたの下で眼球が素早く動く「急速眼球運動(Rapid Eye Movement)」が見られることから、この名前がついています。ノンレム睡眠には浅い段階(第1・第2段階)と深い段階(第3段階)があります。

 

レム睡眠中は、脳と体がかなり活性化した状態にあります。自律神経も活発になり、血圧が上がり、脈拍も上がって、緊張状態の中で夢を見ています。悪夢を見ることも多いのですが、体があまり動かないようになっています。嫌なことがあっても眠って忘れる、というようなサイクルにも関わっていると言われています。

 

一方、ノンレム睡眠中は脳のブドウ糖代謝が低下し、成長ホルモンが分泌されます。記憶の定着、特にスポーツや楽器演奏のような体で覚える記憶の定着にも関わっているとされています。ただ、レム睡眠とノンレム睡眠はそれぞれ独立した単純なものではなく、互いに絡み合いながら機能しています。

 

たとえば血流の様子を見ると、ノンレム睡眠中は脳の血流が全体的に落ち着いている一方、レム睡眠中は大脳辺縁系という、いわゆる感情に関わる古い脳の部分の血流が非常に活発になります。だからこそ脈も速くなるのですが、睡眠中の脳活動を正確に測定することは、今でも非常に難しい研究テーマです。

 

オリンピックのメダル獲得数が一番多い時間帯は夕方?「オレキシン」「メラトニン」の役割とは

もう一つ重要なのが、日本の研究者である柳沢先生が発見した物質です。もともと食欲に関する研究をしていた過程で、偶然、睡眠と覚醒に関わる物質であることがわかりました。覚醒状態を安定させる働きを持つこの物質は、「オレキシン」と呼ばれています。

 

現在の新しいタイプの睡眠薬は、このオレキシンの働きを抑えることで作用します。従来の睡眠薬は脳全体の働きを落とすようないわゆる「ノックダウン式」のものが多かったのですが、オレキシン関連の薬は副作用が比較的少なく、中止しやすいとされています。私自身もアスリートの不眠症の治療に処方することがありますし、時差ボケで眠れないときなどに自分でも使うことがあります。

 

アスリートの話でいうと、パフォーマンスは夕方に一番高くなる傾向があります。一部の研究では、夕方に競技成績がもっとも高くなるというデータもあります。

 

その後、パフォーマンスが下がっていく過程では、体表に熱を逃がす必要があるため、皮膚温が一時的に上がりにくくなります。赤ちゃんが眠くなる前に手足が温かくなるのも、これと似た体温調節のメカニズムです。「暖かくなってきた」というのは、体が冷やす準備を始めているサインだとも言えます。

 

光も非常に重要です。目の奥には「視交叉上核」という部位があり、ここに体内時計の細胞が集まっています。人間の体の細胞、たとえば肝臓の細胞なども、それぞれ独自の時計を持ってバラバラに動いているのですが、視交叉上核がこれらを統括する「マスタークロック」の役割を果たしています。

 

朝に光を浴びると、その信号が松果体という部位に伝わり、その14~16時間後に夜の眠りを促すメラトニンが分泌される仕組みになっています。逆に夕方から夜にかけて強い光を浴びると、メラトニンの分泌が抑制されてしまいます。つまり光を浴びるタイミングによって、体内時計への働きが真逆になるということです。

 

人間の体内時計は、この深部体温とメラトニンの動きによって調整されています。ただし、メラトニンが夜間ずっと分泌され続けているわけではありません。

 

自分では睡眠の質が「よい」と思っているのに、デバイスでのスコアが「悪い」場合は注意

睡眠や深部体温は脇の下で測るような簡単な方法では測定しにくいものですが、最近は比較的客観的に測定できる手法が出てきています。

 

大事なポイントとして、睡眠の主観的評価と客観的評価は、必ずしも一致しないのです。主観的には調子が良いと思っていても、客観的なデータでは悪いことがあります。

 

現在はウェアラブルデバイスでの計測が進み、より手軽に計測できるようになりました。主観・客観の両方が良ければ問題ないと言えますし、両方とも悪ければ、それも一つの目安になります。ただ、主観は良いのに客観データが悪い場合、あるいはその逆の場合の解釈については、まだはっきりとわかっていない部分も多いです。

 

たとえばウェアラブルデバイスで「睡眠スコアが悪い」と表示されて落ち込む方もいますが、単にそのデータに慣れていないだけということもありますし、逆に隠れた睡眠時無呼吸症候群などが潜んでいる可能性もあります。なので、主観がよくて客観が悪いというのは、注意が必要なケースと言えます。

 

逆に、疲れが取れていない、睡眠の質が悪いと感じているのに、アプリの評価では毎回高いスコアが出る、というケースもあります。こういう場合は、メンタル面の状態や慢性的な疲労の問題が背景にあることが多い。物事をポジティブに捉えられていないことが影響している可能性もあります。

 

もうひとつ、主観的な休養感も重要な指標です。研究機関のデータでも、休養感がある人とない人とでは、病気による死亡率に差が出ることがわかっています。

 

より良い睡眠はどのようにとればいいのか?

まず、決まった時間に寝て、決まった時間に起きること。これは簡単そうで実はとても難しいのですが、非常に重要です。

 

しっかり食事を摂ること、運動をすること。そして、今日皆さんがこうして集まっておられるような社会的なコミュニケーションも大切です。一人で過ごす時間が多いと、たとえば大学生の場合、メンタル面の不調に陥りやすい傾向があります。

 

日光を浴びることで体内時計が整い、早寝早起きの方向にリズムが調整されます。世の中的には、早寝早起きの方が生活リズムとして有利であることは間違いありません。逆に、夜型の生活で活動したい方は、夕方から夜にかけて光を浴びると、体内時計が後ろにずれて夜型のリズムになっていきます。

 

寝る前のスマートフォン使用についても、いくつか研究があります。中国の研究者が、学生からスマートフォンを取り上げる実験を行ったところ、睡眠の質が改善したという報告がありました。ただし、その学生たちは1週間もたたないうちに、結局スマートフォンを使ってしまったそうです。それくらい、スマートフォンをやめるのが難しいのです。

 

自分のペースで運動をすることも大切ですが、社会活動、対面での集まりも同じくらい大切です。やはりリアルなコミュニケーションには意味があり、ずっとオンラインだけで過ごしていると、良いという方もいますが、生活リズムが整いにくくなる傾向があります。

 

栄養については、「この食事が睡眠に良い」という特定の食べ物があるわけではありませんが、エナジードリンクなどは睡眠に悪影響を与えるとされています。アミノ酸の一種やギャバ(GABA)などについては、限定的ではありますが一定のエビデンスがあります。基本的には、就寝前のカフェインやアルコールの摂取は避けた方がいいでしょう。

 

室温も重要です。ちょうど時期的にも暑くなってきますが、エアコンは基本的に使った方がよいです。ただし、女性や高齢者は筋肉量が少なく基礎代謝が低いため、冷えすぎてしまうことがあります。パートナーと一緒に寝ている場合、お互いにとっての最適な室温が異なることも多く、女性の方が寒く感じやすい傾向があります。とはいえ、実際には同じ部屋で別々の温度に設定するのは難しいので、双方にとって無理のない範囲で調整するのが現実的です。

 

つづき>>>更年期世代が「気を付けたほうがいい」睡眠の特徴とは?「眠れていない」と感じる人に共通する特徴があって

お話/西多昌規(にしだ まさき)先生

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授。精神科医  睡眠・メンタルヘルスの研究者。大学病院などで幅広い精神科臨床に長年従事。睡眠科学や睡眠障害に関心を持ち、人間を対象とした研究をハーバード大学やスタンフォード大学などで行う。良い睡眠には日中に活発に過ごすことが重要、かつスポーツ界のメンタルヘルス対応の急増という時代の流れに乗って、2017年より早稲田大学スポーツ科学学術院にて教育研究を行う。週に一度、睡眠障害と発達障害の診療にも従事。

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