更年期、不調と仕事の板挟み。NHKスペシャル「#みんなの更年期」が伝えたかった「こんなことがあってはならない」更年期離職の現実
2022年4月に放送されたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル「#みんなの更年期」をご覧になった方も多いと思います。更年期にまつわるさまざまなトラブルの中でも、更年期離職のリアルをとりわけ鮮明に描いたこのドキュメンタリーは、放送によって「時代がひとつ前に進んだ」重大なターニングポイントでした。
どのような人たちが、どのような思いで番組をこの制作したのでしょうか。更年期障害の渦中にいるオトナサローネ編集部の井一が、番組担当者のお二人に伺いました。
(左)NHK 報道番組センター 社会番組部ディレクター 市野凛さん
(右)同 政経・国際番組部チーフ・プロデューサー 植松由登さん
誰も語ってこなかった更年期という問題を「可視化」、さらに困難を抱える人の声が集まった
――はじめに、このテーマが立ち上がった背景をお伺いします。まだまだ更年期という問題そのものが口にしにくかった、コロナ禍中の時期からのスタートではと思います。
市野さん
スタートは21年4月末に配信したWEB記事「更年期障害の私は4月30日、雇い止めにあった」です。コールセンターに勤務する50歳の契約社員の女性が、更年期症状での欠勤を理由に雇い止めにあったという内容。すぐに300~400件の反響が集まり、最終的には600件近くに達しました。これを見て、「更年期が原因で職を失う」という問題は、かなり広がりがありそうだと取材を本格化しました。
番組企画のGOが出たので、研究者の協力を得て「更年期と仕事」についての大規模なアンケート調査を実施しました。その結果を分析したところ、やはり相当な数の更年期離職者の存在が見えてきました。これは日本経済にとっても大変なインパクトがある問題です。まずはニュースで伝えるため、21年11月に『ニュースウオッチ9』で「“更年期ロス” 100万人の衝撃」を放送しました。こちらも大きな反響が寄せられました。
――反響はどのような声として集まりましたか?「よくぞ言ってくれた」というような声ですか?
市野さん
テレビで放送されるといろいろな方々がご覧になります。たくさん集まったのはまず、「私もそうです」という声。当初は『クローズアップ現代』で30分程度の番組にまとめようとしていましたが、寄せられたみなさんの声を取材するうちに、より長尺の『NHKスペシャル』を目指すことになりました。
同時に、『あさイチ』のチームにも声をかけて一緒にできることがないかを検討しました。40~50代の女性によく見て頂いている『あさイチ』は以前から何度も更年期を扱っていました。そのときは「当事者はどう対処できるか」という話でしたが、今回は「社会としてどう支えていけるのか」というテーマを設定することにしました。
番組ごとに、集まってくる声の傾向にも違いがありました。『あさイチ』では「自分もつらかった」「自分も悩んでいる」など共感する声が数多く集まった一方、夜9時台のニュース番組で報じると「そんな実態があるなんて知らなかった」とか「社会として何ができるのか」といった当事者以外からの反響がありました。一方、SNSなどでは「働けないなら辞めればいい」などの厳しい声も上がりました。
――辞めたらご飯食べられないじゃん、と反論したくなりますが、でも症状の軽い人からすれば寝てばかりの私は怠け者に見えるだろうというのもわかります。
植松さん
社会課題を「問題だと感じていない人」に対してどのように伝え、どうわかってもらうかというのは常に大きなテーマです。『NHKスペシャル』として取り上げるということは、NHKが重要な社会課題だと捉えていると世の中に示すということ。説得力を持って伝えるには説得し得るだけの十分な材料を集めて提示しないとなりません。更年期に直面する症状についてはまだまだ「そういう人もいるんですね~」くらいの認識の人が多く、場合によっては揶揄するような声さえ飛んできます。これだけ社会が女性活躍と謳っているのに、何なんだこの状況はと愕然としますが、この事実をまず伝えなければなりません。
視聴者から寄せられた声はどれも本当に切実でした。例えば「女性の上司からも理解されません」という声。「そんなの、バリバリ働いていたほうが軽くなるわよ」なんて言われている人もいました。
――女性同士は互助関係になればとってもあたたかいのですが、女性上司に症状がなかったり軽かったりする場合には厳しい態度をとられることもあるとよく耳にします。
植松さん
そうした背景もあってか、私自身は、更年期に直面した人たちが軒並み自分自身に対する評価がとても低くなっていることに大変なショックを受けました。「自分はここまでの人間だったかと毎日苦しいです」「頑張ってきたのに更年期という壁にぶつかって、ここで終わっちゃうんだなって毎日泣いてます」。男性と同じ環境で競争し闘ってきた人たちが更年期をきっかけにもうだめだと失望しているんです。
「給料にふさわしい働きができていない自分は退職を考えないとならない」「休みを求めるのがおこがましい」「あの人もうだめだねと周囲に見られる」こんなことを思わされて、しかもみんな自分が悪いと思ってるのは理不尽なことです。
体調など健康の問題は、その人が悪いわけではありません。しかも更年期は終わりがくることが分かっていて、その時期をなんとか乗り越えればその後の人生にも大きく意味を持つ。なのに、そのことを周囲に理解してもらえず、そのために苦しみが増幅して当事者が自分自身に刃を向けることになっています。
それならば、周囲が変われば苦しさも変わるのではないか。だから『NHKスペシャル』で問題提起を行うことには大きな意味があると考えました。
コメントを読みながら「これは人間の尊厳の問題だ」と感じた
――寄せられたコメントは全件お読みになったんですか?2000、3000というような大変な数だと思います。
植松さん
もちろんです。本当にどのコメントも切実で、つらい経験が切々とつづられています。これは「人としての尊厳」の問題。そのことを社会に伝えなきゃならないよね、とチームみんなで共有しました。夫にも言えないことをこうして他人の我々に伝えてくれている、しかもそれがこれだけ膨大な数ある。これは大変なことだなと。責任の重さを感じますよね。
――市野さんはまだお若く、植松さんは男性です。こうした更年期の実感をどうやって手繰り寄せていったのでしょう?
市野さん
更年期から始まったわけではなく、端緒は「生理の貧困」でした。2021年3月に「生理の貧困」の初報を報じて、4月に『クローズアップ現代』でも特集しました。生理について問題提起をしていた団体「#みんなの生理」の谷口歩実さんたちと連動しながら調査報道を行い、「これは生理の話が個人的なことにされてきた社会構造の問題だね」と発見をした、そこからの発展です。
――なるほど、女性特有の問題のうち、より対象人数が多く世代も幅広い、生理からのアプローチだったのですね。
市野さん
「生理の貧困」の番組放送後、以前から取材でお世話になっていた労働組合「総合サポートユニオン」代表の青木耕太郎さんから連絡があり、最近更年期に関する相談がきたと教えてもらったことが取材の入り口でした。これが冒頭のコールセンターで雇い止めにあった女性の件です。
その後、実は谷口さんも青木さんと知り合いだったことが分かり、更年期にも「生理の貧困」と同じような社会構造の問題があるのでは、と三者で議論しました。この時点では「更年期症状で雇い止めにあう」なんて聞いたこともなかったので、どこまで広がりがあるのかわかりませんでしたが、生理の取材を通じて「メディアで可視化されてこなかった声が数多く埋もれてきた」という実感があったので、掘り下げたいと強く思いました。
植松さん
その時点で「#みんなの更年期」は『クローズアップ現代』でという話はあったのですが、メンバーの異動があり、それまで女性だけだったチームに私が加わることになりました。男性との混合チームにしたほうがこの問題をわかってもらいやすいという意識もあったのだと思います。社会全体の問題として俯瞰して捉える上でも、男性の視点があったほうがと。
――会議の場で、通訳のように言い換えてくれる男性がいたほうが「その向こうがわにいる男性」にも伝わりやすいというのは確かにあります。
市野さん
女性だけのチームだと、自分ごとになりすぎてしまう面もあります。雇い止めの記事も、「更年期が引き金となった」ということを何を根拠に書くのかなど、事実関係についても慎重に議論しました。そもそも更年期の定義は何なのか、診断書がなければ更年期だと断定できないのでは、そんなこともひとつひとつ検討しています。
更年期って、医師もはっきりとハイ更年期ですとハンコをつくわけではないですよね。取材を進めるうちに、症状の影響の個人差が大きいうえ、診断も医師によって全然違うのだということがわかってきました。女性ホルモンが少ないことではなく、ホルモン値の変動そのものがしんどい。当事者のみなさんへの取材を通して「わかってもらいにくい」更年期症状の特性を学んでいった感じです。
――更年期のことは更年期の人に聞けとでも言いますか、まさに取材をしながら実感を積み上げていったのですね。
植松さん
これもあとからわかるんですが、実は視聴者から最初に寄せられた声ですべての問題が出尽くしていました。「更年期と診断されない」「治療にたどり着けない」。取材を進めると、社会の側の課題も見えてきました。そうした課題が放置されたまま、「職場でちょっと何か発言するとすぐイライラおばさんって言われる」という声が集まってくる。つまり、「黙らされている人たち」がたくさんいるのです。
こうした事実を可視化し、困っている人たちが声を出しやすくすることが到達目標になりました。声を出せない人がたくさんいるのなら、声を出しやすい社会に変えればいい。職場のルールや世の中の空気を変えることがゴールですが、こうしたことは個人ではなく社会の側が取り組むべきことです。社会は一度には変わりませんが、社会を動かす側の人たちにもこの声を届け切ることができればそれだけ変化が早くなります。これはテレビ番組の力です。
もうひとつ、番組でも更年期症状に直面する女性の息子さんのコメントを取り上げましたが、声を上げられない中であのように家族一人でも理解し味方をしてくれることはとても大事だと感じます。
市野さん
日本の先をいくイギリスの事例も参考にしています。イギリスでも以前は生理について語ることはタブー意識が強かったのですが、メディアが生理の貧困や更年期に女性が直面する壁を個人の問題ではなく社会の問題だと報じ続けたことで、その社会意識に変化が起きました。「生理の貧困」も「更年期離職」もそうした先行事例が見えたため、私たちも番組で一石を投じたいと考えていました。
この記事では取材をスタートする経緯を伺いました。後編記事では取材を進めるにつれて明らかになった「意外な事実」と、そこから導かれる「今後の展望」についてお聞かせいただきます。
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