「この国の崖っぷちっぷり」東工大・益学長が指摘する「いま女子枠を設置しないと、30年に加えてもう10年失う」これだけの理由

2023.11.09 WORK

6月に発表された2023年のジェンダーギャップ指数で、日本は146カ国中125位と記録的低位をマークしました。報道がご記憶にある方も多いでしょう。

 

日本は女性研究者比率が低いことでも知られますが、原因の一つは理工系学部への進学率の低さ。男性28%に対し、女性は約7%と低く、大学院進学率も低い状態が続いています。背景には「女性は理系分野が苦手」というアンコンシャスバイアスのほか、「中学高校で理系分野の教師に女性が少なく、ロールモデルを描きにくい」ことも指摘されます。

 

そんな中、理系大学の最高峰・東京工業大学が2022年11月「女子枠の設置」を打ち出して話題をさらいました。同大の益一哉学長は「この国の失われた30年が作り出された原因」の一つに女性活躍の欠如があったと指摘します。「この数年が本当に最後のチャンスだ」という警鐘は、同時に女性に対して一層の努力を促す言葉でもあります。余すことなくお伝えします。

 

女性が増えないのではなく、「増やすことに失敗した」のが日本の現実です

東京工業大学 益一哉学長

 

――東京工業大学(以下東工大)は、理工系分野以外の方にはなじみが薄いかもしれません。「文系と医学部のない総合大学」であり、理工系大学ではリーダーポジションだと認識されています。

 

私は、長年大学に勤めましたが、ずっと研究所に所属していました。研究を軸にして教育をしてきた人間ですので、多くの場合「研究者です」と名乗っています。

 

そもそもの話、私が研究を続けてきた40年の間、日本はずっとおかしかった。

 

――どういう点がでしょうか?

まず、日本では大学を高校の出口、社会に入る前の教育機関としてしか考えていませんよね。

 

大学はもちろん教育機関なのですが、同時に国立大学の多くは「研究大学」とも呼ばれる研究機関です。研究の使命を一般論で語ると発散しますが、工学分野であれば産業界に直接的あるいは間接的に役に立つことが求められます。研究大学はその研究の過程で教育も行う機関なのであって、高校と同じ教育専門の機関ではない、この点を認識するところから始めたいのです。

 

――なるほど。日本の大学には何かしらの特殊性もあるのでしょうか?

はい、いろいろあるのですが、たとえば学生の構成です。東工大は学生約1万人、教員約1100人、事務や技術の職員約600人で、学生約1万人の半分以上は大学院生です。世界にその名をとどろかせるマサチューセッツ工科大学、MITも学部よりも大学院のほうが大きい。社会に貢献しようとする大学、とりわけ理工系分野では、研究をする大学院のほうが大きく、さらに言えば博士課程学生が多い。

 

ですが、国立の総合大学では、東工大と同規模の大学院を持つ大学もありますが、博士課程学生が根本的に少ない。これでは研究機関である大学が産業界に直接役に立つという使命を全うできません。

 

――しかし、ジェンダーギャップ指数を見ても、日本女性の大学進学率そのものはそこまで男性に劣りません。理系分野に進学しない点が問題?

私は80年代から集積回路や物理の国際学会に出席を続けています。海外ではこうした学会にも女性が普通に出席しています。でも、日本では見事なまでに男性ばかりです。海外は普通に女性研究者が発表をしている中、日本にはそもそも女性研究者がいない。男ばっかり。この違和感を、80年代、90年代、私はずっと持っていました。

 

最初は海外だって、女性研究者は少なかったのです。その後、海外では女性が増えた。日本だけが増えなかった。いや、日本も80年代は男性ばかりでしたが、90年代に生命理工学などの発展で少し女性が増えました。ほぼ0%だったのが2000年までに10%台まで伸びたものの、それ以降が頭打ちになってしまった。

 

いっぽう、世界では理工学分野でも女性の比率がぐんぐん伸びました。たとえばアメリカのアイビーリーグは70年代はほとんど男子学生しかいなかったし、MITだって女性比率は低かった。でもアメリカは多様な人種の国だから、アファーマティブアクションを本気でやりました。苦労して苦労して、女性比率を増やすために女子大と合併したり、女性へのエンパワメントに大変な労力を払い、努力して女性を増やしたのです。

 

 

残念ながら、現在の「魅力のない日本」はこの30年の努力の結果です

――日本も女性学長が増えているイメージがありますが、足りない?

国立大学は86校ありますが、現在の女性学長はお茶の水女子大、政策研究大学院大学、東京外国語大学、大阪教育大学の4大学のみ。教授も10%をやっと超えたくらいという異常な世界です。また、医学部は女子学生比率が3割を超え、獣医や薬学も女子が多く、背景には国家資格というキャリアパスの堅実さもあるのかもしれませんが、その中で工学系はなぜか嫌われてきました。

 

世界では女性の理工系進学率は伸びていますし、われわれも理工系学問の面白さはずっと伝えてきたつもりです。でも現実に、ここには女性がいない。何かしらのアンコンシャスバイアスがあり、壁になっているのだと理解すべきです。

 

――なぜ日本だけが取り残されたのでしょう?

東工大の運営側を見てみますと、職員の半分は女性です。90年代、バブル景気の時代は男性の公務員志向が低めでしたが、ちょうど男女雇用機会均等法の推進もあったため、東工大は優秀な女性職員を意識的に採用したのだと思います。その女性らがさまざまなライフイベントを乗り越えていま50代に入り、結果的に管理職50人の3割が女性です。本学では増やす努力と育成をしたから増えた、意識しなかった組織では増えなかった。増やす努力をしない限り、ずっとそのままなのです。

 

日本では「失われた30年」と言われて久しく、経済は90年代に伸びたあとずっとフラットでしたね。女性登用もまったく同じ構図です。それぞれ努力はしたのでしょう。でもその努力では足りないのだと証明されました。これまでやったことの結果が、いまの日本なのだということを国民が正しく認識しないとならない。

 

私は大学の学長ですから「だめだったね」で思考停止せず、実際に何かしないとなりません。「女性を歓迎します」という強いメッセージを訴えないとならない。小手先の対応では効果はほとんどなく、カンフル剤レベルでないと、やる意味がない。これが、東工大が「女子枠」を創設した理由です。

 

ここまでの記事では女子枠を創設した背景を伺いました。つづく後編記事では、私たちが何をどう行動に移せば日本がこの窮状を脱することができるのかを伺います。

 

つづき>>>どうして日本にGAFAが生まれないのか?東工大・益学長が指摘するのは……?

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